Walk on the Wild Side〜ワイルドサイドを歩こうよ〜

夏休みの宿題

「うんとこしょ、どっこいしょ。」

それでも かぶは ぬけません。

・・・

小学校に入学した
ひふみの初めての夏休みの宿題に
たまに付き合っているのだけど、、、

これって意味あるのかな
って感じるときがある。。

いや、内容的に無意味だとは思わないけど、
形式としてとりあえずやるだけの「宿題」って
どうなんだろうと疑問に思う。

子どもに限らず大人もだと思うけど、
やらされたものって
やっぱり身につかないからね。

遊びたいのに、
やらなくてはいけないという理由だけで
やらされているのを見ていると、
時代錯誤でこっけいに思えてくるし、

これはいったい誰が得をしているのだろうか

という素朴な疑問がよく浮かぶ。

少なくとも宿題をやっている
ひふみは得をしていないだろう。

感情的にはイヤイヤだし、
身にもなっていないようだから。

僕自身も今でも勉強は好きだし、
教える立場にあることがあるので、
宿題を出したり出されたり
ってことはあるのだけど、
そのときは必ず「意味」を見出す。

そして、その本人がよりよくなることを
考慮することは忘れない。

意味は与えられるのではなくて、
自分から見出すものだ


というのはよくわかるのだけど、
そもそものゴールや目的がはっきりしないまま
ただスタートしてもなぜやっているのか
腑に落ちないと思うのだけどな。

食育なんかもそうだけど、
とにかく食べなさい!みたいに
言われて食べたものって
育まれるのだろうかと
よく思う。

ベストキッドのミヤギさんの修行みたいに
後からどんな意味があったのか
わかってくるというのもあるけど、
その場合は師弟関係がしっかりしているのが
前提にあるだろうし。

そうそう、この前、身体操作のチェックも兼ねて
子どもたちを鈴木さんにみてもらったのだけど、
鈴木さんはこのあたりをよくわかっていて、

トレーニングというよりは、
遊びのなかで自然に育まれていく


というのを意識して子どもたちには
指導しているそうだ。

高校生くらいの指導だと
もう少し理論もつけてってことらしいけど。

歯を食いしばって努力をしても、
どんなに行動をしても、
前提にあるものや条件が備わってこそ、だね。

あとは楽しくできる工夫や環境づくり、
ここが大切だなと改めて感じる今日この頃。

うんとこしょ、どっこいしょと
ひふみが読んでいる大きなかぶの作者はトルストイ。

僕もちょうどトルストイを読んでいるけど、
親子でトルストイと対話しながら、
こんな世界をトルストイは望んでいたのだろうか
と感じてしまう。

夏休みってもっと遊んでいたように
思うけどなあ。

では、今日はこんなところで。

また明日。


島田晋輔

PS)

今日の一曲はこちら、、、




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