Walk on the Wild Side〜ワイルドサイドを歩こうよ〜

智頭のみたき園でのイベント「森の感謝コンサート」。アン・サリーのライブ。

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10日間ほどの東京出張を終え、
智頭に帰る。

実は、トルストイの読書会もあったのだけど、
ひふみの誕生日のため欠席して帰ってきた。

木坂さんの講座を欠席するのは、
ちょうどひふみが生まれたときの6年前の
カントの読書会のとき以来だから、
うーん、これまた不思議なものだね。

で、渡辺さんの命日に帰ってきたのだけど、
みたき園でアン・サリーのコンサートがあるってのを
聞いていたので、間に合うようなので行くことにした。

家族全員で行きたかったけど、
いたるが熱を出して体調が悪いってことで、
ひふみとふたりで行くことに。

そういえば、ひふみが小さな頃から、
二人でよく遊びに行っているような気がする。

名古屋、栃木、札幌のそれぞれの映画館に
ふたりで映画館を観に行ったこともあるし、
ちょっとしたライブにも何度かいっしょに足を運んだことある。

で、今回のイベント。

アン・サリーのコンサートを
みたき園でってことで
足を運んでみた。

みたき園は、小野さんやとっしー、永田さん夫妻、知久さんとも
いっしょに行っているところで、智頭に訪れた際は
必ず行っておいたほうがいいとお勧めしている場所。

僕が国外に住んでいても、飛行機に乗って訪れてもいいな
と思えるステキなところで、料理ももちろんだけど、
一歩足を踏み入れたときからご馳走が始まってるっていう感じ。

僕があんまり語るのも野暮なので、
智頭に訪れた際は、ぜひ足を運んで観てほしい。


で、このみたき園でアン・サリーっていうのが
想像しただけでもよい組み合わせだな、と。

アン・サリーのライブを観るのは実は初めてだったのだけど、
想像以上によかった。

ボサやラテン音楽をベースにしつつ、
ジャズや歌謡曲の香りもあり、
古いところでいえば金延幸子さんの系譜にあるのかな、
まあ、僕は音楽評論家じゃないから、
その辺は実際に聞いて判断してもらうとして。

関心したのは選曲だったり、
MCだったりを含めてね、
智頭と寄り添ってる感じ、
ユーモアや遊びココロもあって、
楽しませようっていうか、
自分が楽しもうっていう温度感がちょうどよくて。

鳥取にちなんだミュージシャンのカバーてことで、
沢田研二を曲を歌ったり、
ふるさとの作曲者が鳥取ってことで、
ふるさとをアンコールで歌ったり。

ちょっと喉が調子悪いのかなあ
なんて思ったけど、それも含めて
夜のみたき園とマッチしててね、
イベント全体含めてよい時間だった。

みたき園の食事つきも付き、
コンサートも前後半で休憩を挟み、
ワインや紫蘇ジュースなども自由に飲めて
ディナーショーに近い感じだった。

親子をテーマにしたアニメ映画
「おおかみこどもの雨と雪」のテーマソングもよかったけど、
個人的にはブルーハーツの「手紙」と
オザケンの「僕らが旅に出る理由」のカバーがよかったな。

渡辺さんの命日ってこともあって、
また歌詞がいろいろと重なって。

アンサリーって現役の医師でありながら、
プロの歌手でもあるってことで有名だけど、
月曜から木曜までかな、はお医者さんとして働いて
週末を旅に〜みたいなことをMCで言っていたけど
さらにいうとふたりのお子さんのお母さんなんだよね。

保育園のお迎えの時間を逆算して
レコーディングしたりって話も
微笑ましかった。

そんなこんなで渡辺さんの命日であり、
ひふみのバースデーの前夜祭は
みたき園でひふみとふたりで。

いろいろ思うところがあったな。

では、今日はこの辺で。

また明日。


島田晋輔

PS)

親指シフトトレーニング7日目。

取り扱ってるジョンロックの「知性の導き方」の原文自体は
著作権がきれているので、ここで公開するのは問題ないだろう。

ただ、翻訳や出版に関しては曖昧なので、
しっかりと引用元を明記しておこう。

取り扱うのは、ちくま学芸文庫の下川潔氏の訳のもの。

では、さっそく15分のトレーニング開始。


間違った意見を保持したり、十分な探求なしに知覚され認識された事柄を少しも疑わずに擁護することほど、軽率で賢人の威厳と堅実さにふさわしくないことがあるだろうか。(キケロ「神々の本性について」第一卷)

第一節 はじめに

 人間が自分自身を導くにあたって最終的に頼ることができるのは、自分の知性です。なるほど私たちは心の諸能力を区別し、あたかも意志が行為の主体であるかのように考えて、最高の指揮権を意志に与えます。しかし実際には、行為主体である人間が、すでに知性のなかに持っている何らかの知識や知識らしきものに基づいて、自分自信を決定し、あれこれの随意的行為を行うのです。誰でも、何らかの行為を始める場合には、自分にとって行為の理由となるような何らかの見解うを必ず持っています。人がどのような能力を用いる場合でも、本人を絶えず導いてゆくのは、とはもかくこの光が、本人のあらゆる活動力を導きます。意志それ自体は、たとえどんなに絶対的で統制不可能のように見えても、知性の命令には必ず服従します。神殿にはそれ特有の神聖な像があり、


今日のトレーニングはここまで!

この公開トレーニングは、これによって何か特別な利益をえようとしたり、
利用したりといったものではなく、自分のコミットメントの純粋な記録として。

すべてのブログ記事に言えることだが、
誰かを不快にさせようとか、
悪意があるものはひとつもないので、
ここに強調して明記しておく。

PPS)

今日の一曲はアンサリーの手紙のカバーがよかったので、
どうぞ、、、

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