Walk on the Wild Side〜ワイルドサイドを歩こうよ〜

自分らしくあること=我を捨てること

なるべく今より自由に。

経済的自由も精神的自由も
社会的自由も感じないのは
制約があるから。

正確に言うと、
制約があるように感じているからです。

ものすごくお金を稼いでいても
不安で不安でしょうがない。

逆に質素な暮らしでも満足している。

いますよね。

起業してうまくいっているようでも
本人は辛く感じている。

よくいるサラリーマンでも
充分に満たされて幸せを感じている。

そんな人たちをたくさん知っています。

外からみてどうかも大切ですが
本人がどう感じているかが
一番大切なことだと僕は思います。

十分満たされていそうなのに
どこに不満が?と思うケースも
たくさんあると思います。

その不自由さの源泉は
自分自身を自分で縛っているからです。

環境的に縛られていると思いがちですが、
実際に縛っているのは自分自身。

アイツのせいでこんなひどい状況だ
と思いたい気持ちもわかりますが、
その状況を解釈しているのは自分自身。

そして、そうなるように選択したのも
自分の選択です。

城ドラのリプレイを見直して、
あそこでこうしておけばと思うのは
自分の選択を悔やむ、
行動ミスの勉強です。

一方で、あそこをピンチと考えずに
逆に攻めていたらよかったかも
というのは解釈の後悔です。

解釈を変え、行動を変えたら
選択も変わってきます。

ひとつ言えるのは、
同じ解釈、同じ行動をしていたら
同じ選択をするのだから、
同じ結果の繰り返しです。

相手を変えても同じ状況になるでしょうし、
場所を変えても同じ環境になるでしょう。

となれば、変えられるのは自分自身だけで、
自分の中でも解釈と行動、
つまり選択を変えていくのです。

今までと同じ思考で動いていたら
同じようになるのは当たり前で
これを自分らしさと勘違いしているケースがあります。

たいていの解釈、行動、
つまり選択は後からつくられた自分で
本来の自分ではありません。

それを我と呼びます。

人間セミナーの例えで言えば
カサブタやギプスをしている自分ですね。

ワガママに振る舞うことが
自分らしくあることではなくて、
ギプスやカサブタを外していくこと。

つまり我を捨てることが
自分らしくある第一歩であり、
自由への道だと思います。

いろんな不自由を感じているのは
自分の中にこもっているから。

殻から出ることは怖さもありますが、
自分らしくあるために、
本来の自分を取り戻すために
ひとつひとつ手放していっても
よいと思います。

自由を感じる軽やかな人は
自分を押し通さず、
柔軟に受け入れていける人だと
僕は思います。

では、このへんで。

また明日。


島田晋輔

PS)

今日の一曲はこちら、、、



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