Walk on the Wild Side〜ワイルドサイドを歩こうよ〜

インプットクラスファイナル。那覇にて。

インプットクラス、パフォーマンス実技セミナーともに
まだ会場が決まっていなくて、、、
とブログに書いたら情報を送ってくれた読者さんがいました。

ありがとうございます。

「奇跡的に見つかりました!」

と木坂さんから連絡があり無事に開催となりました。


さて、インプットクラスファイナル。

ジョンロックの「知性の正しい導き方」を題材に
読み進めてきたこちらのクラス。

ここ最近はジョンロックから少し離れて

「読む」「議論する」ということの可能性について

対話をしてきました。

相手を打ち負かすディベートではありません(←ココ重要)。

一人一人が異なる言語ゲームを行っているという前提で
話し合いはどうやって成立するのか?

あなたはあなた、わたしはわたしという
相対主義の立場で突き詰めていくと、
異なる言語ゲームでは共約ができない、、、

つまり、話し合いは不可能なのか?

というテーマでの話し合いです。

話し合いについての話し合いなのですが、
話し合いを不可能としてしまうと、
対話の意義や人間が一緒にいる意味などが
一切なくなり虚無的になってしまう、、、

それって生物の歴史から見ると不自然だよね?

っていう問題提起もあって
ファイナルとなる今回を含めて
3回ほど議論を重ねてきたのです。

わかりあえないのに、
議論って意味ある?
それぞれが外せないメガネをかけてるのに
話し合いは必要?
現実の世界にタイムリミットはあるのに、
コミュニケーションはいるの?
というなかなか深いテーマ。

そして、我がクラスには
難攻不落のザッキーバーグがいる。

彼はゴリゴリの相対主義者。

要するに俺は俺、お前はお前。

自分のみている世界が全てだとする
ハードコアな主観主義者なので、

結論を導き出すための話し合いは不要

という立場で上からズドンズドンと論を振り下ろしてきました。

最終回となる今回ももちろん今まで通り。

そんなザッキーバーグと対話をはじめるフンドシマンと
様子をうかがう他メンバーとオノマン。

現実を生きる上で、話し合いによりよくなったり、
会議のすえに良い案が生まれたりってあるじゃないと
いろんな具体例も交えて話は進んでいましたが、、、

議論の結果、よいものが生まれるのは稀であり、
偶然。

話し合いは無意味だから、パワーで決めるべき
という立場を崩さないザッキーバーグ。

ただ重要な点は、こういった話し合いや議論が
無意味だとはしていないということ。

主観主義からは逃れられないけど、
個人の成長がおきるかも、
という点で話し合いの意味はあると
ザッキーバーグは主張します。

これには木坂さんも最後のまとめで補足していましたが、
ジョンロックを読み始めた
初回からザッキーバーグは一貫して

オレの完璧な意見に、なぜお前らは従わないんだ?

としていましたよね、と。。

こう言うとザッキーバーグがハナにつくような感じですが、
彼の展開する論に対する意見は全く出ないし、
実はキャラクターなどが不快感を与えているだけで
コンテンツは完璧なのではないかという話にもなりました。

不快感を覚えるのはザッキーバーグのキャラクターであり、
言っていることは正論、、、コンテンツに穴はない。

という話に。。

キャラクターの問題でコンテンツに欠陥はないのか?

やはり話し合いでモノゴトを決めるのは無意味なのか?

木坂さんの見解も含めて明日、まとめを書こうと思います。


島田晋輔

PS)

今日の一曲はカオスなインプットクラスにふさわしいこんな曲をどうぞ、、、


カンタンに僕の環境を変えれるひとはでてきてね〜
ってインプットクラスを上手く表してる歌詞ですね。。

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