昨日のインプットクラスファイナルの続き。
ゴリゴリのハードコアな相対主義者である
ザッキーバーグとの沖縄での対話。
フンドシマンもサジを投げ、休憩を挟んだあとは
物理的にザッキーバーグと距離をとる戦略をとります。
主観主義を乗り越えていくアイディアを出せない、、、
クラス全体がそんなどんよりした雰囲気になりましたが、
僕個人としては、
完全に乗り越えることはできないかもしれないけど、
一部でも乗り越えることができるんじゃないか
という立場を主張しました。
ザッキーバーグのキャラがアレなだけで、
言ってることは真っ当なのでは!?
という指摘もどうもしっくりこなかったからです。
キャラはキャラでアレかもしれませんが、
内容自体も完璧とは思えないんですよね。
バーグの言っていることもわかるけども不自然というか。。
すべてが主観世界のみで客観世界が存在しない。
そんなに無味乾燥の世界なのだろうかと違和感があり、
ザッキーバーグのキャラの問題ではなく
コンテンツに欠陥があるはず、と主張しました。
では、ザッキーバーグの主張するコンテンツのどこに
同意できないのか、具体的な打開策は、、、
となりましたが、さすがにそこまではでませんでした。。
ここ50年くらい哲学界のホットなテーマで
世界中の天才たちが次なる一手を打つべく悪戦苦闘してるなかで、
まあ、僕みたいな凡人がぽっと目の前に出せるわけないですからね。。
カント以前を踏まえて乗り越えようとし、
思弁的実在論などを展開する天才メイヤスーなんかは
客観世界はあるんだ、と証明しようとしていますが、
僕にはまだまだ語れるほどの知見を持っていません。
(でも違和感があるのはわかりますし、もちろん模索もしています)
相対主義を乗り越えた世界、、、
結論を導き出すため、よい案を生み出すためのコミュニケーションに意味はある
と思いたいという希望や期待が島田にはあるだけで、
結局はコンテンツなしだよね?
と迫り来るザッキーバーグ。
白旗を振ったが旗を折られるフンドシマン。
キョロキョロと様子をうかがうオノマン。
こうして幕を閉じたインプットクラスファイナルでしたが、
木坂さんからまとめがありました。
まずはザッキーバーグのようなゴリゴリの相対主義者とは
話し合っても意味はない、ということに早々に気づくべきという指摘。
良い悪いではなく、そもそも歩み寄るという
概念が相対主義者にはないのだから。
そういう世界観で生きていないのだから、
(ルールが違うのだから)
すり合わせようとはせずに、
抽象度をあげて議論をし、理屈ですすめる。
ルールメイキングをするようにしていく
とよいというアドバイス。
なんか日本語を話しているから分かり合えるような気になってしまうけど、
ゴキブリといっしょという例えで話していました(悪い意味ではなく)。
ゴキブリと一生懸命話そうとしてもわかりあえないでしょ、と。
ルールも世界観も違うのだから議論をするのではなく、
技法を変えていく。
今回で言えば、ザッキーバーグの言う「個人の成長」も
僕が言う「部分的に乗り越える」も言い表したいものはいっしょで、
世界観が異なるだけ。
そこをすり合わせようとせずに、
ルールメイキングに徹すると全体がよくなっていきますよ、
というまとめでした。
この視点はまた日常でも活きてくるものでしたね、
正面から対話しようとせず一段高めて
まとめていく。
木坂さんはこう言います。
「林崎さんのようにわかりやすい人はめずらしくて、
世の中のほとんどの相対主義者はわかりにくい」
と。
ここまでゴリゴリでハードコアな相対主義者は
ほとんどいないし、相対主義だと自覚しているひとは
少ないという話もでました。
僕らは多かれ少なかれ相対主義的な面を持っている。
タバコは嫌いだけど、オレの前で吸わなければどうぞ、
みたいな。
自分は自分、相手は相手みたいなことは
誰にでもあって、自分を相対主義者と思っている人は
むしろ少ないし、わかりにくい。
もし、ゴリゴリの相対主義者と出会ったら、、、
生きている世界観が違うのだから、
すり合わせようとせずに、
ルールメイキングをしていく、ですね。
勉強になります。
こうしてインプットクラスファイナルは幕を閉じました。
明日はインプットクラスを1年間終えての
所感でも書いてみようと思います。
では。
島田晋輔
PS)
今日の一曲はこちら、、、
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