Walk on the Wild Side

ほめる派?しかる派?

「よくできていますね!」
「それは素晴らしいですね!」
「すごい結果です!」

みたいに、仲間うちで褒めたたえてるのをみると
ほんとにそれでいいのかな、
ってよく思う。

特にコミュニティ内で褒め合っていると
ああ、これでいいんだみたいな空気ができて、
そこのコミュニティの基準が出来上がってしまう。

僕からみたら当たり前のことだったり、
全然低い基準なんだけど、
メンバーは褒め合っていて
そこに落ち着く。

そこで落ち着いちゃって、
そこに基準をおいていいのかな
って感じることがみていて多くて。
(直接介入はしないけどね)

じゃあ、逆に出来なかった点や
至らなかった点を指摘したり、
失敗や悪いところを追求すればいいのか
っていうと、それも違うと思う。

日本は、、、というか日本人は
この「できないところ」に目を向ける傾向があるので、
それはどうかな、と思うのだけど。

子育てや教育なんかでもそうだけど、

「なんでこんなのことできないの!」
「**ちゃんならもっと早くやるよ!」
「だから言ったじゃない、こんなになって!」

みたいなネガティブな指摘は相手の可能性を奪うだけで
なにもプラスにはならないと僕は思っている。

こういう指摘の仕方をする人に聞いてみると、
悪いところを指摘して気づかせてあげる
というなんとも上から目線の貧困な発想なのだが、
恐怖や不安で人を長期的にまとめあげるのは
不可能なことを歴史が証明しているように、
人を育むことはないというのが僕の立場だ。

じゃあ、冒頭のように「褒める」のがいいのかというと
それも違う。

低い基準をつくってしまうからね。

じゃあ、僕はどうするか、
どういう風に接するのかというと、、、

もっと言えば、親や先輩、先生、コーチなどに
どのように接してもらって育んでもらったのかというと、

もっとできるよね?

っていう接し方。

能力や知識、スキルなどまだまだ十分に発揮していないんじゃない?

あなたはもっとできるでしょ

もっとできるんだから、こーゆーのもやってみようよ
っていう褒めもせず、叱りもせず、
基準を引き上げていくタイプ。

さらにいえば、

もっとできるのだから、いっしょに高みを目指していこうよ

というスタンス。

個人に対してもそうだし、これはもっと大きな括り、
地域や社会やそういったところにも
同じような接し方が基本かな。

こんなに素晴らしいのだから
もっと大きな高いところ狙ってみようよ


っていう感じ。

昔からこういうメンタリティだから、
売れないアーティストとか陽の目をみないクリエイターとか
うだつのあがらない起業家とか好きなんだよね。

ナカヒラさんには島田さんはブルーチーズみたいな人が好きですよね
って言われたけど、言い得て妙かも。

おもしろいものもってるのに、
個性的なのに、
ちょっとボタンを掛け違えていたり、
進む道が違っていたりするだけのことあるからね。

そんな人たちを見かけては
こっちにこういう風に行ってみようよ
というのが基本的なメッセージ。

もちろん小さな子どもたちにも
同じ想いだし、接し方。

やってるこを否定もせず、褒めもせず、
いいじゃん、じゃあこっちももっとやってみようよ、
っていう感じ。

ワイルドサイドを歩こうよ
ってどういう意味?
って聞かれることあるけど、
こんな基本的なメンタリティや考え方からも
うっすらと意味が見えてくると思う。

では、今日はこんな感じで。

また明日ね。


島田晋輔

PS)

今日の一曲はこちら、、、


PPS)

親指シフトトレーニング56日目。

長くなってきたので、
別ページに。

今日のトレーニングはこちら

関連記事一覧

Walk on the Wild Side
メルマガ登録フォーム


 


LINE@



'stats.label.addfriend' (MISSING TRANSLATION)
PAGE TOP
Get Adobe Flash player Plugin by wpburn.com wordpress themes