Walk on the Wild Side

博愛主義

「島田さんは博愛主義ですか?」

SWSのスカイプミーティングのときに、
ジョブズ会長からこう言われたことがある。

言われたときにはピンとこなかったし、
自分で**主義みたいに思ったり、
主張することはあまりないのだけど、
今日、奥さんと話しているときに
ああもしかして周りが言うのは
こういうことなのかな、と思うことがあった。

たとえば、子育てなんかでも
そうなのだけど、僕は基本的に

なんでもOK

というスタンス。

ときには、厳しさも必要で、
叱ったり、注意したり
いわゆる「しつけ」というものも
大切だろうっていう意見がある。

厳しさが必要というのには
同感なのだけど、
叱ったり、注意したり
というのは、今の世間を見渡しても
僕にとってはトゥーマッチな印象。

桜井章一さんも言っていたけど、
自分も含めて周りに迷惑をかけずに生きているひとって
いるのだろうか、ということ。

まったく迷惑をかけずに生きていくことは
難しいだろうし、自分も完璧じゃない。

なのに、どうして子どもに正しさを求めるのだろうか、
みたいな話だったと思う。

それに、アモスオズが言うように
どんな正義であろうと正義をふりかざした先には、
花が咲かない。

春になっても。

子どもたちにとっては、
まだ住む世界はずっと狭くて、
移動距離も短いし、
行けるところも限られてる。

それに、背もずっと低い。

背が低いっていうのは
目線も僕ら大人と違うってことだ。

もちろんまだまだ知らないことも多い。

世間のルールも
大人の理屈も。

そこに大人の見栄や世間体のために
子どもに多くを求めすぎではないか
という話。

スナフキンがムーミンに言うように、
そんなに大荷物いるのかなっていう話。

子育てに限らず、
仕事でも友人との付き合いもいっしょで、
「提供の精神」で接し、与えること。

なにより、どんな相手であっても
リスペクトを忘れない。

生きていたら理不尽なこともあるだろうけど、
そういったことも含めてOKを出せるか
どうかということ。

博愛主義、、、
ってよくわからないので、
グーグル先生に聞いてみたら、

人種・宗教・風習などの違いをこえて、
人間愛に基づいて全人類が平等に相愛協力すべきであるという考え方


なんて答えが返ってきた。

これが自分にまったくあてはまるかどうかは
よくわからないけど、人種や宗教や風習なんかは
まったく気にしないから、そういう意味ではあてはまらないだろう。

年齢も血液型も動物占いも気にしないからね。

過去も未来も。

大切なのは目の前にいるひとが、
いまどうなのかってことだけ。

生まれたところや皮膚や目の色で
いったいこの僕のなにがわかると言うのだろう
って歌うマーシーの気持ちがわからなくはないね。

逆に言えば、
そういった外部的な要因や尺度で
裁かれること、評価されること、
カテゴライズされることが多くて
窮屈なんだろうけど、
窮屈なところから伸び伸びできるところに
飛び出せばいいんじゃないかなって
僕は思う。

僕らは生まれながらに自由なのだから。

では、今日はこのへんで。

また明日。


島田晋輔

PS)

今日の一曲はこちら、、、

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