Walk on the Wild Side

クリスマスのよる、苦しまずねむる




「さんた、きたー。ぷれぜんと、あった^—」

と、4歳になる息子が、まだねむけまなこをこすりながら
僕に言ってきた。

クリスマスイブ。

前の日の晩、サンタさんにプレゼントをお願いすると言って、
まくらもとに自分のなかで大きめの靴下を用意していた。

靴下だけでなく、

「これとこれとこれがほしい!」

と指をさして、おもちゃが載っているページをひらいて、
おばあちゃんからもらった
雑誌を枕元に開いて眠りについていた。


・・・残念ながら、
開いたページの指定した欲しいおもちゃは
届かなかったみたいだが、、、

落胆することもなく、
朝目覚めたら、
プレゼントがちゃんと届いたいたことに
よろこんでいた。

「うちにはえんとつがないのに、
 だいじょうぶかなあ」

と、サンタさんを心配していたが
無事にプレゼントは届いた。

願いがかなった。

クリスマスのよるに、
くるしまずにねれるのである。



・・・いったい僕らはいくつまで
サンタクロースがいることを信じていただろう?

何を信じるのか、、

子どもの頃にあった純粋性は、
生きていく上で規律、習慣、ルールなどによって、
徐々に磨り減されていく、、、

本来的な生というのは、
起きて、食べて、寝ての動物的な繰り返しではなく、
時間や空間をこえたところにある、、、
と、トルストイはいうけれど、
一方で、社会的動物とあるように、
ルールに縛られながら、まわりと同調しながら、
僕らは生きていかなければならない。

生存と生命は明確に違うのだ。

クリスマスの夜、
苦しまずに眠るためには、
自分の生と外側の生にもがきながら、
自ら選んでいかないといけないのだろう。

ねむけまなこのむすこの表情をみていて、
クリスマスのあさ、そんなことを考えていた。

さて、今日はこどもたちとケーキでもつくるか。


島田晋輔

PS)

クリスマスソング。

知久寿焼さんの「おおホーリーナイト」。


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