From:秋山大介
いつも負け犬から始まる…
私の人生は、この言葉がピッタリです。
「いやいやいや、、、違うでしょっ!」
とツッコみたくなったあなたは、
ぜひ、この私のプロフィールを読んでください。
↓
https://artistinnovation.net/daisukeakiyama.html
だいぶ、がっつり作りましたので(笑)
まだ書き足りない部分もたくさんありますが、
私が何者か、どんな道を歩んできたかが垣間見えると思います。
話は戻りますが、
いや~、でも本当にそうなんですよね。
このプロフィールは、できる限りオープンに書きましたが、
一部、相手の方にご迷惑がかかるので控えたものもあります。
それ含めて、このようにプロフィールをまとめた中で
ほんと負け犬から始まっているな~と思いました。
コピーライティングをしているあなたであれば
クスっと笑ってしまうかもしれませんが、
「負け犬のストーリー」に使えるネタばかりでしょう。
ちなみに、、、
38歳(…来月には39歳)になるまで、
このように人生を細かく振り返ったことはありませんでした。
もちろん、かつて組織人事コンサルティングの業界にいたので、
「キャリア教育」の分野で「モチベーションカーブ」という手法を使って、
振り返ったことがあります。
ただ、そのときは、自分の人生をモチベーションを軸にして、
心電図のように上下させて線を描くだけでした。
描くだけといっても、
その頂点と底には、何らかの転機があるということで、
そのときのことを振り返る…そのようなものでした。
しかし・・・
この手法には、私にとって全くしっくりこない部分がありました。
その理由は明確で、、、
「モチベーションの上下がほとんどない」
からでした。
通常と言って良いか分かりませんが、
通常であれば、そのカーブは上下します。
このとき○○があった…
あのとき○○があった…
などと。
しかし、私はと言うと、、、
悲しいかな…モチベーションの上下が、ほとんどないのです。
だからと言って、
私に感受性がないというわけではありません。
先日「秋山さん、あれは泣き芸ですか?(笑)」と聞かれるくらい、
感情的になってしまうことが多いです。
特に、そのときは、
登壇している人の気持が、本当に言霊になって
私の体に入ってきてしまい、苦しくなるくらいでした。
それこそ、途中で気持ち悪くなって
退席しようとしたくらいです。
でも、そこは相手に失礼だと思い我慢しました。
そして、気がつけば涙が出ていました。
なので、決して感受性がないわけでありません。
むしろ、そういうのを見る専門家に言わせると、
私はそれが強すぎるので反対に苦労すると言われるくらいです。
ですが、、、
モチベーションの上下がほとんどない
いや、それって単に忘れっぽくて
モチベーションが下がったことを忘れていただけなのですかね…(笑)
正直に告白すれば、
私は過去に「うつ病」と診断されたことがあります。
そのときは、会社に座っていることが辛く、
だからと言って体を動かすことも辛く、
何も手に付かない状況に陥りました。
だから、そんな中で。。。
「あ~、とうとう心がやられてしまったか~」
とわずかながらに思いました。
ただ、これはあとから分かったのですが、
ちょうど、そのときは人生の中で疲労のピークだったようで、
身体がおかしくなってしまったみたいなんですよね。
そのときと言えば、、、
父が急死して、1年後くらいで家業の経営もすることになり、
昼は家業に時間を費やし、夜は元々勤めていた株式投資のサービスの会社の仕事をするという
変な二重生活をしていました。
家業は建設業界ということもあり、朝が早く7時出社。
そして、夜も遅くまで仕事。
そんな生活でしたので、睡眠時間は一日3時間程度でした。
よほど日々の生活に追われていたのか・・・
ベッドは脱ぎっぱなし服でいっぱいになり、
なぜか、床に布団を敷いて寝るという無意味な生活を送っていました。
それが完全にたたってしまったようでした。
そんな状況の中、身体の疲労が精神の疲労になり、
どうもバランスを崩して、身体が「いいかげん、休め!」と悲鳴をあげていたようです。
それで、うつ病のようになってしまったみたいです。
だから、結局そのうつ病と診断されてから、
身体が回復し始めると、1ヶ月かからずに普通に戻ることができました。
だから、診断上はうつ病となっていましたが、
実際は、違う可能性が高かったかもしれません。
ちなみに、、、医師の診察は雑な感じで、
「おい、おい、それでうつ病って診断するなよ!」
って、心の中で思いました。
だって、そのときの会話、こんな感じでしたから・・・
「どうしましたか?」
「いや~、ちょっと、今までにないほど身体も精神も動いてくれないくて…」
「最近、何かイヤなことありましたか?」
「はい、ありました。」
「それは何ですか?」
「会社でこういうことがあり…」
「あ~、それが原因ですね。その相手とのコミュニケーションに原因があるので、
よく話し合ってください。」「えっ…(心の中…なんじゃそりゃ?)」
「あなたうつ病ですね。では、やる気のでる薬だしておきますね。お大事に。」
こうやって振り返ると、
どれだけ意味不明に診断されたかが分かります。。。
そして、なんだか変な薬をもらいました。
ひとまず飲むか~と思い、飲んでみたのですが、
それを飲んだら気持ち悪くなり、私は本能的にそれを飲むことをやめました。
「こんなの飲んでいたら、余計やられるわ!!!!!」
と思って。。。
ということは、、、
かなり自制心があったので本当は違かったかもしれません。
で、、、
そんなこともあったのですが、
だからと言って、モチベーションが下がるということはほとんどありません。
ま~、家業を継ぐにあたって何度も
「ふざけるな~!」と怒ったことはありましたが、
じゃ~、それがモチベーション下げるかと言えば、そうではありません。
または、反対に嬉しいことで
息子が生まれたとき、嬉しいは嬉しいですが、
じゃ~、それがモチベーション上げるかと言えば、そうではありません。
はたまた、仕事で業績が良いとわかったとき、
それはそれで嬉しいですが、
じゃ~、それがモチベーション上げるかと言えば、そうではありません。
という具合に、喜怒哀楽はあるが
それがモチベーションには影響しないのです。
むしろ、全ての出来事は・・・
「次のスタート」
「将来に何かを成し遂げるためのこと」
と捉えているので、その場で左右されないように心がけていると言ったほうが良いのかもしれません。
だから、そのうつ病と診断されたときも、
身体と精神が悲鳴を上げていたので、
休息をとりエネルギーを溜める理由があったのだと思います。
そうそう、このモチベーションの話ですが、
島田さんから、先月こんなことを聞かれました。
「秋山さんって、オーディエンスの数でやる気は変わりますか?」
と。
それに対し、私は・・・
「いや~、ぜんぜん変わらないですね。1人でも複数でも変わりません。
島田さんもそういう感じがしますけど…どうですか?」
と。
島田さんの答えは想像の通りです。。。
そうなのですよね、私はオーディエンス…つまり、この記事をお読みいただいているあなたや
バンドマン時代であれば観客、プレゼンテーションのときであれば聴衆、、、
この人数でモチベーションは変わらないです。
むしろ、多いほうが「誰に合わせればいいんだ…」と
考えてしまうくらいです。
ただ、このとき島田さんと深夜まで話していて分かったのですが、
なぜ、二人とも左右されないかというと、それは、、、
「内発的動機づけが強いから」
でした。
実際、プロフィールをまとめていて思いましたが、
私はいつでも自分が進みたい道に進んでてきたことが分かりました。
決して他人がすすめる道ではなく、
自分で選んだ道を。
もちろん、小さい頃から大学は東京に行くと決めたのは親の影響です。
小さい頃から東京に連れて行かれ
「栃木県では得られない経験があるから、ここにくるといいよ」
と言われ続けたのが影響しているでしょう。
だから、その影響で目標設定しましたが、
でも、最終的には「自分の選択」で、東京にある大学を探しました。
他にも、社会人をやめ、大学院への進学を決めたときも、
それは高校生のときに某有名ガイドブックを出す外資系企業に勤めていた叔父から
「これからはNBAを最低限持っていないといけないだろう」
と言われたことが影響しているのでしょう。
だから、その影響で目標設定しましたが、
でも、最終的には「自分の選択」で、社会人をやめ進学を決めました。
というように、きっかけは他者ではありますが、
最後は全て自分で選択していました。
そして、モチベーションに関しても、
他者の影響で上がったり下がったりするのではなく、
いつも自分の中にありました。
おそらく、それは最終的にこうなりたいという人生の目標があるからでしょう。
全てはその通過点に過ぎないので、
モチベーションを上下している暇はないというのが本音です。
だから、結果的に私のモチベーションは、
外から作られるものではなく、内側から作られ、
結果、そのモチベーションカーブを描いても、
何も面白くないものになったのでしょう。
でも。。。
私のプロフィールを見てもお分かりいただける通り、
何~も初めから上手くいったことはありません。
それこそ、この世に生まれたときから上手くいっていません。
だって医者から「生命力にかけましょう」と言われるくらいですからね。
幼稚園では、授業参観で失笑されましたし、、、
小学校低学年では苦労しましたし、、、
中学校ではバスケが下手でしたし、、、
高校では完全に劣等生でしたし、、、
大学は浪人するし、、、
社会人1年目ではパワーハラスメントにあうし、、、
大学院では地獄のマンツーマンでしたし、、、
その後は倒産寸前を経験しましたし、、、
同棲していた人がかなりの人で分かれるのに弁護士はさみましたし、、、
父親が何の前触れもなく急死しましたし、、、
急死したかと思ったらクーデターと買収騒動が起きましたし、、、
社員からは「あなたと経営者として認めない」と言われましたし、、、
と、一部「負け犬か?」とツッコみたくなる部分もあるかもしれませんが、
私の人生、こんな感じなのです。
そして、今年前半は、私自身も認める波瀾万丈で・・・
誕生日の前日の夜に給与のことで、
同じ会社に勤めていた従兄弟から電話で号泣されましたし、
当日も再び号泣されましたし、、、
気がつけば、会社の諸々のシステムのIDとパスワードが変わっていて、
どんどんシステムに入れなくなりましたし、
あなたのせいで○○さんは、○○になったと言われましたし、
あなたはお客さまと私たちを見捨てるのだから、引き継ぎは十分にしなさいと言われましたし、
なぜか会社の圧力で従兄弟とは絶縁になり、それに伴い母側の親戚とは二度と会えなくなりましたし、、、
と、モチベーションを下げる要因はたくさんありました。
もちろん、この今年前半の出来事は、あまりに大きすぎるうえ、
ショックを受けて、2日寝込みました。
だから、その2日間は、モチベーションが下がっていたと思います。
でも、それだからといって、
人生としてのモチベーションを下げてしまったかと言えば下げてはいませんでした。
だって、そこで失ったものが、
私の全てではありませんから。
ただ、一つの収入源を失うことになる怖さはありましたけど…(汗)
でも、その怖さを引きずったままモチベーションを下げても、
何の意味もありません。
だから、ある程度、諸々のことの整理がついたら、
すぐに動きはじめました。
「これで家業一本になったので、縛りなく何でもやれることになりました。
だから、コンサルティング業を今日から始めます。」
と。
もちろん、家業ですべきことあるので完全に縛りがないわけではありませんが、
2社に所属していると、このノウハウはどちらのものかの線引が難しいうえ、
どちらの時間を使って動いているかの線引が難しいという問題がありました。
でも、それが全て家業の名前で通せるので、
これほど、私にとって嬉しいことはありませんでした。
そして、このとき
今年4月に、ある人から言われた言葉を思い出しました。。。
「秋山さん、この会社に秋山さんが居続ける理由は?
確かに、会社の中にいて、その会社を幸せにするのも良いけど、
それでは幸せにできる人数が限られてしまう。反対に、コンサルティング業で、
複数の会社に関わることができれば、
今度は幸せにできる人数が増える。そういう選択肢もありますよね。」
もちろん、どちらが良いというのはありません。
内部にいるか、外部にいるかで関わりの濃度は変わるわけですから。
でも、この言葉は、それまで偏っていた中庸ではなかった私の考えに、
パラダイム・シフトを起こしました。
だから、私は今年前半の出来事にモチベーションを下げることなく、
これまでとは違う「新しい道」を選択し、
スタートを切ることができたのだと思います。
そして、今、こうやって
「ワイルドサイドウォーカー秋山大介」
として記事を執筆させていただけるのも、その選択と新しいスタートを切る
この場を提供していただく機会を島田さんからいただけたからでしょう。
今こう思います。。。
これまでの私の人生、全てがこのためにあったとは言いませんが、
とはいえ、ここでワイルドサイドウォーカーとして執筆させていただけるのも、
これまで経験した出来事があったからなのでしょう。
だから、こうして「ワイルドサイドウォーカー秋山大介」が誕生したのでしょう。
年内最後の記事ということもあり、
今年を振り返りつつ、私の内面のことをお話しさせていただきました。
こうやってまとめてみると
波瀾万丈な感じですが、当の本人と言うと、、、
ほとんど波瀾万丈さは感じていません(笑)
人生は、人と比較するものではありませんし、
何が普通なのか、何が波瀾万丈なのかは分かりませんからね。
「自分は波瀾万丈の人生だ!」なんて思ってしまっては、
それも偏りを生み、中庸ではなくなってしまいますからね。
中庸ではなくなった瞬間、今度は反対側の景色が見えなくなり、
ワイルドサイドもメインストリートも歩けなくなってしまうのでしょう。
だから、、、
これからも
「日々素直で謙虚な姿勢を保ち、
目の前で起きていることを『あるがまま』に受け入れ、
できるだけ反応的にならず、中庸で考える」
ことをしていきたいと思います。
そうすることが、、、
まさに、ワイルドサイドウォーカー秋山大介の歩む道なのでしょう。
普段は、年末だから…とか考えなのですが、
今年は、激変の年であり、ワイルドサイドウォーカー秋山大介の誕生の年なので、
あえて色々と振り返りをさせていただきました(笑)
では、来年もワイルドサイドウォーカー秋山大介を宜しくお願い致します。
そして、、、
来年も一緒にワイルドサイドを歩きましょう!
ー秋山大介
PS)
では、島田さん風に(笑)←真似wwwwww
今日の一冊はこちら、、、
『ドラッカーの遺言』です。
一つ言い忘れましたが、
年内で、ワイルドサイドウォーカー島田さんが卒業します。
島田さんも、年明けから新しい道のスタート。
そこで、この本を選びました。
タイトルは「遺言」ですが、私にとっては過去に
新しい道をスタートするときに一番始めに読んだ思い出の本です…
経営管理修士(MBA)を取得しておきながら「倒産寸前からV字回復を経験」した経営コンサルタント。倒産させたら「経営管理修士(MBA)はしょせん実践では使えない…」と言われてしまうと思い、その知識を使いつつ地べたを這いつくばる戦略でV字回復させる。得意分野は「人材育成」「マーケティング」。 現在は、これまでの経験を活かし、家業の会社を経営しながら、コンサルタントとして活動中。顧問先からは、経営者の視点での人材育成やマーケティングのコンサルティング手法に定評がある。
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