Walk on the Wild Side〜ワイルドサイドを歩こうよ〜

竹の谷蔓牛が教えてくれたこと

「ビールはござりまっせん」
「ビールがない?――君ビールはないとさ。何だか日本の領地でないような気がする。情なさけない所だ」
「なければ、飲まなくっても、いいさ」と圭さんはまた泰然たる挨拶あいさつをする。

「ビールはござりませんばってん、恵比寿えびすならござります」

「ハハハハいよいよ妙になって来た。おい君ビールでない恵比寿があるって云うんだが、その恵比寿でも飲んで見るかね」

二百十日(夏目漱石)


木坂さんと食事をしていたときのこと。

最近、ちゃんと食べられるお店が減ってきた、
という話題になった。

割合でいうと、20店まわって
もう一度行ってみてもいいかな
と思うのは一軒くらい。

それくらい、きちんと外食できる
お店はない、と。

美味しくないというのもそうだけど、
なにより疲れる、身体への負担が大きいということで、
このあたりは僕もまったくいっしょなので
よくわかる。

出張中は誰かと食事をすることが
やはり多いのだけど、ひとりのときは
全く食べないときの方が調子がよい。

昨夜も会食が入っていたけど、
それ以外は水だけ。

食事をしない方が体調がよい(僕はね)。

木坂さんも最近よく身体をこわしていて、
いつもと違うパターンだからだと
自己分析されていた。

身体というのは最適化されていくものだから、
やはりパターンやリズムを崩したらよくないな、と。

食事ももちろんいっしょ。

年間1頭の幻の「竹の谷蔓牛」を
6時間かけて丁寧にやきあげたステーキは
見た目も味もシンプル。

でも、僕は、、、

「おかしい。これは僕の知っているハラミじゃない」

と呟いてしまうほど(大げさではない)。

木坂さんもわかるわかると言っていたけど、
定義が変わるほどのインパクト。

安っぽい表現だけども
パラダイムシフトをおこしてしまうほどの
衝撃を受ける。

ちょっと美味しいとか、
美味くて大満足というレベルではなく、
今まで培ってきた肉の体験を崩壊させ、
定義をアップデートするほど。

デメリットがあるとしたら、
他では肉が食べられなくなってしまう
ということだろうか。

そのくらいの圧倒性がある。

つい5日ほど前に屠殺された
竹の谷蔓牛は僕らの会食の日に
もしかしたら届かないかもしれない、
というピンチだったという。

唯一、夜に飛んでいる飛行機便で送れば
間に合うかも、、、ってなっていたが
冷蔵便がない、それはさすがにキケンだとなって、、、

なんと自ら手でもってきてくれたという。

飛行機に乗って(苦笑)。

僕ら以降に食べるお客さんの分は送ったもので
間に合うのに僕らの分がない、、、
だからわざわざ飛行機にのってお店まで届けに来てくれた
というから驚き。

そして6時間かけて焼き上げて、
見事僕らの胃袋の中に。

食材へのリスペクトと自分たちのこだわり。

プロフェッショナルのあり方だなあと
感銘を受けたけども、さすがにこれは
他のレストランではやろうとしないし、
できないだろう、と。

足し算でもなく、引き算でもなく
食材そのものを生かすというコンセプトなので、
余計なものは一切使わない。

水、塩と食材のみってものがほとんど。

このときのマルチョウのリゾットも、
米、水、マルチョウのみ。

オリーブオイルやブイヨンなんかは使わない。

え、それでこんな味に、、という驚き。

ここは人に言ってはフレンチレストランと
言うようだけど、店主はジャンルは意味がない
と言っていた。

イタリアンいく?フレンチいく?
というようなカテゴリで話をするのは
一昔前の話で、今は「**に行く」みたいに
なってきている。

漱石の時代に「ビールはないけどヱビスならある」と
言った女将さんのように、僕らも看板や肩書きを外したときに
どうみられているのか、どう認識されているのかが
大切な時代となった。

自分だけの土俵をつくるというのはそういうこと。

肝に銘じていきたいね。

では、良い週末を。


島田晋輔

PS)

今日の一曲はこちら、、、









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