Walk on the Wild Side〜ワイルドサイドを歩こうよ〜

「僕らは旅の思い出を数えながら、次の旅へと向かうんだ」旅猫リポート

From:島田晋輔

「動物は命が尽きて 斃(たお)れたところでそのまま眠るが、
死んだ後の寝場所を 用意しておくなんて、
人間はとても心配性で 不自由な生き物だね。
死んだ後のことまで考えていたら、
どこでも自由に斃れることが できないじゃないか。」

旅猫リポートより引用

昨日は「人魚の眠る家」を主に取り上げたわけですが、
全部を書いたわけではないのでぜひ劇場に足を運んでもらえましたら。

追記するとしたら、、、

目の前の人を大切にする

ということ。

闘病中の渡辺さんが
ある起業家に怒ったことがあります。

「死んでる人間より生きてる人間を大切にしろ!」

といった感じで。

デリケートなことなので詳しくは
ここで書きませんが、
目の前のお客さんより
亡くなった人のために
お金を使おうとしたからです。

故人のお金のために
無理にセールスをすることを
余命宣告をされた渡辺さんが
怒っていました。

このあたり、
「人魚の眠る家」でも
インダイレクトに描かれています。

娘の脳死を軸に描かれていくのですが、
(構造的カップリングとドリフトで、
そこに引っ張られた生活になります)
在宅介護を取り巻く環境にいる人たちは
娘とお母さんだけではないのです。

それぞれの立場での苦悩や葛藤が描かれています。

脳死は死なのか、
いやいや心臓が動いているのだから
この子は生きているのだ
というのはまさに大切な議論ですが、
他の人たちも〝生きている〟のです。

このあたり盲目的になってしまうと
いろんなことを見失ってしまいがちですよね。

そこに生身の人間がいるのですから。
(最新巻のエレンにも通じる話です)

自戒の意味も込めて。

さて、「旅猫リポート」。

爽やかイケメンの福士蒼汰と猫の映画。

ほんわかのんびりした映画か、と
子ども達とポップコーン摘みながら
観ていたのですが、これまたタイムリーな
メッセージを含んでいました。

血は繋がっていないと家族ではないのか

ここ最近の僕の興味あるテーマの
ひとつでもあるので
猫映画をBGMに昼寝する予定が
最後まで見入ってしまいました。

イントロダクションを映画紹介サイトから
拝借しましょう。

ナナ(声:高畑充希)は人間との馴れ合いを嫌う誇り高き元野良猫。5年前、交通事故にあったところを心優しき猫好きの青年・悟(福士蒼汰)に助けられ、それ以来、悟の猫として幸せにくらしてきた。しかし、ある事情でナナを手放さなければならなくなった悟は、新しい飼い主を探すため、ナナと一緒に旅に出る。1人と1匹の旅の行方は―。

野良猫だったナナと5年間暮らし、
そのナナを引き取ってもらうための旅に出る。

そんな導入です。

猫を預けるための旅リポートなのですが、

なぜ、旅に出ているのか
なぜ、猫を預けなくてはいけないのか

という大きなwhyを投げかけ
ストーリーは進みます。

小学生時代の親友、
中学生時代の友人、
高校時代の初恋のひと
など回想のように巡っていくことから、
主人公の死は容易に推測できます。

余命1年と診断され、
命が残り少ないので
大切な猫を人に託すための旅
なんですね。

猫を引き取ったのではなく、
一時預かりだよ
というセリフがありましたが、
病気治して迎えに来いよという
メッセージなのでした。

単なる猫との友情、愛情を描いているなら
よくありがちなのかもしれませんが、
もう一歩踏み込んだメッセージが
主人公の過去にありました。

両親に愛情をたっぷり注がれてすくすく育った
主人公は小学校の修学旅行先で、
急に先生に連れ戻されます。

交通事故で両親が亡くなってしまうのです。

兄弟もいず、両親と自分。

そして、猫という3人と一匹の暮らしが
崩壊します。

小学生なので誰かが引き取らないといけない。

親族達は、もちろん面倒くさがります。

主人公を引き取ったのは
叔母のノリコ。

そのノリコから主人公のサトルに衝撃の事実、、、

「黙っていてもいつか分かることだから言っておくわね。
悟はお父さんとお母さんと血がつながってないの」


サトルはもともとノリコが担当した育児放棄事件の赤ちゃんで、
乳児院にいくところをノリコの姉夫婦が引き取ったのです。

なんとも因果な話ですね。

ですから、サトルの

「親になってはいけない人もいる」

と言うセリフには重みがありました。

実際に血の繋がりのある生みの親よりも、
愛情を注ぎ育ててくれた親こそが
本当の家族だと言う強い主張を感じます。

だからこそ、両親を亡くし
ノリコに引き取られるとき、
飼い猫と離れることを嫌がりました。

ペットではなくて、家族なんだ!

と泣き叫んでいましたが、
本当にそう思うのでしょう。

先日、グレートジャーニーでも
同様の話題のディスカッションをしましたが、
僕もサトルよりの価値観で、
血の繋がりは大切だけども、
それ以上に身近な人を尊重しています。

「人魚の眠る家」にも通じるものがありますが、
いつかあの時の人より、目の前の人を
という価値観ですね。

お墓参りをし、先祖を敬い、
手を合わせることも大切ですが、
それと同様かそれ以上に、
今目の前にいる生身の人間を
大切にした方がいいんじゃないか
と僕は思うのです。

ここは渡邊さんに賛成ですね。

信仰やスピリチュアルな世界も
大切でしょうが目の前を疎かに
してはいけないと思うので。

かの白洲次郎は葬式とかに
一切出なかったっていいますよね。

有名なたった二行の遺言、、、

葬式無用、戒名不要

これは白洲次郎のプリンスパルを
表していますが、言いたいことは
よくわかります。

しっかりやることやれよ!

というメッセージにも聞こえますし。

長くなってしまったので、
続きは明日書きましょう。

最後に、旅猫リポートの主人公サトルのこんなセリフを、、、

「俺、叔母さんが教えてくれるまで、自分と両親の血がつながっていないなんて、全然、露ほども思ったことがなかったんだよ。それくらいお父さんとお母さんは俺を本当の子どもにしてくれたんだ。生みの親に要らないって捨てられたのに、よそのお父さんとお母さんにそんなに大事にしてもらえるなんて、こんなすごいことってそうそうないよね」

血が繋がっていても
他人のような関係もある。

逆に血が繋がっていなくても
たくさんの愛情を注いでくれることもある。

イーナのコアストーリーも
思い出します。

家族って何なんでしょうね。

明日は「ROUTE END」を参照しつつ
深めてまいりましょう。

島田晋輔

PS)

旅猫リポートの名言を、、、

「僕らは旅の思い出を数えながら、次の旅へと向かうんだ。
先に行ったひとを思いながら。
後から来るひとを思いながら。
そうして僕らはいつかまた、
愛しいすべてのひとびとと地平線の向こうで出会うだろう。」


PPS)

では、今日は旅猫リポートの予告を、、、

コトリンゴの歌声いいですよね。

この記事を書いた人
2013年、次男が誕生したことをきっかけに法人化(株式会社shinrish)。社会的には代表取締役社長だけど、大きなオフィスもないし、従業員もいないし、経営にもあまり関心がないので、「社長」というアイデンティティはあまりない。文章を書くことが多いけど、コピーライターというアイデンティティもあまりないし、相談に乗ることもあるけど、コンサルタントやカウンセラー、アドバイザーでもしっくりこない。。企画を練ることも、プロジェクトを立ち上げ、軌道に乗せることもあるけど、プランナーもプロモーターも、マーケッターもプロデューサーも、自分にはちょっとかっこよすぎる肩書きかなあ、なんてよく思う。というわけで、最近は職業「島田晋輔(しまだしんすけ)」と宣言中。



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