Walk on the Wild Side〜ワイルドサイドを歩こうよ〜

掴み所がない?

僕のパーソナリティを表すとき
「掴み所がない」という点を
あげる人が多いらしい。

らしいと言うのは、
確かに言われるかもしれないが
僕自身はあんまり気にしたことがないので、
ふーん、そうなんだくらいに
捉えているから
あんまり自覚なかったんだけど
話題に上がったので。

同じように「掴み所がない」と言われる
と言う人も交えて議論をしていた。

一言で言ってしまえば、
自分に興味がないからだろう、と。

利己性のない利他性という話ではなく、
流転して変化していくべきという
執着のなさがあるから。

社会がより良くなったり、
顔も知らない誰かのためになったり、
全体がよりおもしろくなったり、
私の価値や私の利益よりも
全体の価値が高まることに興味があるから
という考察があった。

そして、これは自己犠牲ではない
という点も重要。

自分と全体が一致していて、
その方が気持ちよくて
よく流れるから。

全体をより良く心地よくしていくことで
自分自身もより良くなっている。

だから、ストレスのない
ナチュラルに生きているだけなのだ、と。

ただ、逆に毒素のない
ナチュラルすぎて
一周して変人にみえるのだろう
という話。

一般の人からしたら
掴み所がないとかクレイジーとか
言われる所以はここにある
という議論になって。

自分がこうしたいああしたい
という人と遭遇すると
逆に興味を唆られる。

大抵は強いコンプレックスだったり、
自己愛に塗れていたり、
満たされていない感情を満たそうとしていたり。

そんなにカッカとエネルギーを
無駄に発散せずに、
自分のテーマを全うしたらいいのに
と感じてしまう。

将棋の藤井聡太くんとか
音楽で言えば崎山くんとか
自分どうこうじゃなくて
テーマに突き動かされて
生きている感じ。

パーソナリティとしては
掴み所がない雰囲気に感じるのだろうね。

あなたのパーソナリティは?


島田晋輔

PS)

今日の一曲は、最近口ずさんでしまう
この曲を、、、





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