Walk on the Wild Side〜ワイルドサイドを歩こうよ〜

蟻社会で発見された衛生兵に学ぶ組織の在り方

大阪での食いトレ部活動のときのこと。

家族論、親子論、組織論の話から
ある蟻の話になった。

もともと発見されていた蟻らしいのだけど、
この種の蟻の研究している学者によって
「衛生蟻」がいることがわかったそうで。

仲間を助ける衛生蟻の存在により
細かなデータは忘れたが
種全体の救助率が80%くらい上がると言う。

戦場で傷ついた蟻兵を
唾液で治癒したり
えっちらおっちら
巣に運んだり。

興味深いのは、手足のもげた蟻を
救急蟻が助けようとすると
ぶんぶんと暴れて追い返そうとすること。

つまり、自分はもう助からないから
他へ行って仕事しろというサインらしい。

蟻と言うのは女王をトップに
後はつまりクローンみたいな兵隊さんたちで
構成されるから、言うなれば全員が家族である
と言える。

「全員が家族であるってことは、
全員が他人ってことでしょ?」

と木坂さん。

身内や他人という概念がなく
ひとつの種としての自分の役割があるだけ。

自分が種に貢献できない、、、
つまりもう助からなくなったら、
救急蟻を追いかえすというプログラミングは
種としてはとても合理的だよね。

全体最適を踏まえて
整うようにできているのだろう。

自然の法則。

人間における拒絶というのは、
手足のもげた蟻のように、

「あなたはあっちに行って!
あなたにはあなたの役割があるのよ」

というメッセージとも言える。

失われていく文化。

消えていく街並み。

大切な人との別れ。

物理的な別れも非物理的な別れも
悲しみはあるのかもしれないけれど、
そこには調和の美がなくなったから
自然な淘汰だと僕は解釈している。

自分は唯一無二の主人公であると同時に
全体のパーツのひとつであるわけで。

群れの中で病気になったら
何も告げず群れから外れていくのは
生き物として珍しくない。

共依存となって共に滅ぶことは
生き物として不自然なことなのだ。

自ら手放すということ、
もしくは拒絶するということ、
SNSの見直しや電話帳のクリーニングなんかをして
積極的に「さよならグッバイ」していくことは
生き物として健全なことなのだろう。

最後に博士の言葉を、、、

「アリ社会の素晴らしい点の1つは、自分の行動についての認知や知識がなくても、非常に複雑で洗練された行動を実現することです。今回も非常にシンプルなやり方で、アリは怪我人の選別を行なっています。つまり立ち上がってくるなら、まだ使える奴だというわけです」(フランク博士)


立ち上がって来るなら
まだ使えるやつ。

立ち上がって来ないなら、、、

現代風に言えば、
もう連絡がないなら、、、

お互いに必要ないってことでしょう。

あなたはしがみつくタイプ?

それともすっきりと
定期的にクリーニングするタイプ?


島田晋輔

PS)

それでは、今日はそんな蟻たちのレスキュー姿を、、、











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