Walk on the Wild Side〜ワイルドサイドを歩こうよ〜

コミュニティで大切なのはルールではなく境界線

シュタイナー教育の講演会でのこと。

リズムの重要性とコミュニティの大切さの話に関して
講演のあとに直接質問へ。

毎日のルーチン、リズムが大切なのはわかった。

ひとりで育てていくのではなく
コミュニティで育んでいくのもわかる。

でも、たとえばコミュニティの良さで
リズムが崩れることがあったらどうしよう
といった質問が上がった。

たとえば、みんな家族のようにあたたかく
食事をいっしょにすることも多くなり、
なかには子どもが泊まっていたりなんかも。

楽しかったり仲よかったりしたら
もっといっしょにいたいって思うのは
たしかに自然だろう。

そんなアットホームなコミュニティ。

良い面はたくさんあるけど、
それによって日々のリズムが崩れてしまう。

こういった場合、どうしたらいいのか。

先生は、、、

「自分たちで考えていきましょう」

という回答だった。

正解はないのだから、
コミュニティメンバーである
あなたたち自身で
境界線を見直していきましょう、と。

次の日が休みの時は泊まりOKとか
月に1回は泊まってもよいみたいな規則、
ルールを設けることではない、
という話もしてくれた。

上からトップダウンで決める
規則のようなものではないから。

大切なのはルールではなく境界線

子どもの欲望のままにさせることが
自由なのではなくて、
節度を教えてあげることが大切なのだ
という話とリンクした。

いつもいつも甘いものばかりだったら
節度がわからない。

お菓子を袋ごと手渡していたら
どれだけ食べていいか決められない。

このくらい食べていいよ、
今から食べていいよ。
ここまで待ってね、と
節度を育んでいけば、

待っても自分は壊れないんだとわかるようになる

と。

持続する自分がわかる。

こういったことが自信につながっていく
といった話につながっていく。

規則がないと動けない。

ルールを明文化していないとできないというのは
ひとつの自信のなさのあわられかもしれない。

こういう規則になっているから従うではなく、
ここまでの節度を持って接していこう
といったもの。

法律で禁止されていないからいいとか、
規則にないからやってしまうとか、
取り決めがないのでOKだ
といった話ではない。

パラケルススの言う、
医師は医師倫理があってはじめて
知識や技術が活きるといった主張にも
通じると思った。

明文化されていないものに
触れるとき、
苦しい場面にどう振る舞っていくか
そこに境界線がみえ、
個人の倫理観が問われるのだろう。

子育てに限った話ではなく
いろんなことに通じる話だと思った。

では、今日はこのへんで。


島田晋輔

PS)

今日はカフェでかかっているこの曲で、、、




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