Walk on the Wild Side〜ワイルドサイドを歩こうよ〜

宇宙に丸投げ

8899
マークスエヒロさんの888所感。

研究会のグループページに投稿されたものを
シェアしよう。



——————————————————-

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今回のイベントのコンセプトのひとつには
「今まで一度も誰もやってこなかったことをやる」というのがあって、
つまりは現代アートみたいな(というかそのものの)イベントでした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

これは、少しだけ「誤解」があって、
「888」は、表向きには
「新入部員歓迎会」という、お題目だけがあって
あとの「内容」は、島田さんから、末広に、全部、お任せでした。

それで、

・末広が「企画」する
・末広が「企画」しない

の両極から「企画」を考えた結果、
「真ん中」の「中庸」をとって
「みんなでつくる」
という結論になりました。
新入部員も含めて「みんなでつくる」。

ワイルドサイド部以外の人も含めて「みんなでつくる」。
会場提供者の原田さんも含めて「みんなでつくる」。

ホストとか、ゲストとか、会場提供者とか
先輩とか、後輩とか、
イベント参加者とか、
ブログやメルマガの読者とか、
そういう「境界線」を超えて、
「みんなでつくる」
これを、「中心」に置きました。

なので、

「888」@白金

という「半開き」のグループを作成しました。

なぜ、「半開き」にしたかというと
「ドアを開く」=「グループに参加申請する」ところについては
受動的ではなく、能動的に、来ていただきたかったからです。

ですが、日も迫っていたこともあり
お節介なFacebookの自動サジェスト機能が
促してきた部員については
こちらからグループに「招待」もしました。

で、
24時間という「大きな箱」の中で
沢山の「小さな企画」がリスト化されていきました。

その中のひとつに
「アイソレーションタンクのビフォー&アフター撮影」がありました。

これは、小野さんとの対話から生まれました。

ビフォー&アフターで、完全に別人になるので
本人のためにも、
タンク未経験者のためにも
映像で記録を残した方がいい。
タンクについて100万語を並べるよりも
それが速い!
というのが、最初のきっかけでした。

で、前回の新宿ルノワールでの2テーブルでの部会で
小坂さんの「鏡のワーク」のアイデアが出てきて、
わたしの中で、その2つがミックスされました。

あの時、わたしは、ずっと
「2テーブル」になったことの「意味」を考えていました。

そして、その「答え」を、
「2テーブル」目で、得たのです。

「2テーブル」目の席替えで
わたしと小坂さんがペアで移動し、
伊藤さんから「お題」が出て
小坂さんから出た「答え」が「鏡のワーク」。

この瞬間、
わたしの中で、
「アイソレーションタンク」と「鏡のワーク」が
「ひとつ」になったのです。

そして、これは、「888」でやることだと直観したのです。

しかも、これは、完全に「現代アート」になると。

なので、
「今まで一度も誰もやってこなかったことをやる」というのは
「アイソレーションタンクのビフォー&アフター撮影」という企画における
コンセプトであって、
「888」というイベント全体のコンセプトではありません。

では、
「888」のコンセプト=「全体を貫く基本的な概念」は何だったのか?
これも、島田さんから丸投げで「お任せ」されたときに
瞬間的に、自分の中で、決まっていました。

その答えは、「ノー・コンセプト」です。

730のランチ会で
「ノー・ボーダー」という
「境界線」を超えていくコンセプト・ワードが出たのですが、
この
「ノー・ボーダー」と「ノー・コンセプト」は、
「すべてを受け入れる」=「すべてにYES」という
肯定的な力があります。

「888」は、あるところでは「イエス・キリスト」を意味するのですが
まさに「888」=「YES!」なのです。

それは、「すべてを許す」ということです。

そして、
島田さんが、末広に、丸投げして、お任せしたように
わたしは、宇宙に丸投げして、お任せしました。

いわゆる「宇宙全託」です。

もっというと、
「天との共同創造」。

これが、わたしの中での
「888」の「裏テーマ」であり、「裏コンセプト」でした。

「表」のコンセプトは
「みんなでつくる」「新入部員歓迎会」でした。

そして、グループでも出てきた「祝福」(Blessing!)
この「みんな」の中に、
その場にいる人間だけでなく、
また、
その場にある「物」だけでなく、
「天」=「宇宙」をも含める
「天との共同創造」をする。

これが、わたしの中での「888」のコンセプトだったのです。

だから、
島田さんから、「888」の企画を、丸投げされた時点で
わたしは、宇宙が、どんなパズルのピースを投げてくるのか
静かに観察していました。

小野さんは、
「アイソレーションタンクのビフォー&アフター撮影」というピースを投げてくれて
小坂さんは、「鏡のワーク」というピースを投げてくれた。

この「2つ」のピースは、
「形」が完全に一致していた。

それを、わたしは、見逃さなかった。

「宇宙のサイン」を、見逃さなかった。

これは、「888」というビッグ・ピクチャーを描くために
「重要なピース」になるという予感がした。

実際、「888」では、
24時間を貫く、重奏低音の役目を、見事に果たしてくれた。

わたしたちは、24時間かけて
共同でアート作品を制作していたのです。

しかも、その作品の中に、自分自身が入り
作品と自分とが一体化するアートだったのです。

ここに、原田さんからは「マインドスパ」というピースが届いた。

これも、「ヤバイ」予感がした。

「アイソレーションタンク」というピースと
「形」がピッタリだ! と思った。
だから、すぐに、ワイルドサイド部研究会のグループに投げておいた。

そこで、返ってきたリアクションは
「SMプレイ」だった。
うーん、これは、もしかしたら
「放置プレイ」になるのかもという予感がした。

目と耳を塞がれ、過剰な刺激を与えられ
感覚を遮断したまま放置される高度な精神的プレイ。

それでいて、とても肉体的!
実際、「888」で、
「マインドスパ」というピースは異彩を放ちながらも、
ビッグ・ピクチャーに欠かせない「ひとこま」となり、
その最後の最後の、とどめに
阿部 龍太さんの登場です!

これは、もう、ハッキリ言いまして、
「宇宙」が介在したとしか思えない
「超・シュールな絵」で、
テリー伊藤を超えた感がありました。

どんな天才ディレクターにも撮れない絵が、そこにありました。

どんな構成作家にも描けない「企画」になっていました。

24時間も、終わり間近で、
こんなクライマックスが待っていたなんて
本当に想定外でした。
24時間の「溜め」が効いていただけに
通常では、撮れない絵が成立していました。

阿部 龍太さんは、
「マインドスパ」の直後で、
目が覚めると、いきなり「番組の中」の人として
生まれ変わっていたので、
最初は訳がわからなかったかもしれませんが
それでも、環境への適応力や順応力が
素晴らしく高く、
すぐに、「一流の出演者」を演じきり、
そのことが、暗に「マインドスパ」が生み出す
「集中力」の効果や、その他の効果を
映像は、捉えていたかと思います。

「888」が終わったあと、
島田さんと、
「これは、2度と再現できない1回性のライヴだったね!」と、
「同じ時空間」を共有できた喜びを「分かち愛」しました。

「888」は、
「宇宙との共同創造」をするために
最初の導入部以外は、
スケジュールを、ほぼ真っ白にしたままスタートしました。

「計画的」であるよりも、
「即興的」であることが大事だったのです。

そのインプロビゼーションを奏でるために、
やりたいことの「小さな絵」を宇宙に投げて
あとは、宇宙が、どんな「大きな絵」を描こうとしているのか
それを感じながら過ごす24時間でした。

「888」のイベント中、
大阪で開催中の淀川花火大会との二元生中継をして
その「球」を受けて、
誰かが投げた「花火をしたい!」という願望や
それを受けての、
5000円分の花火の買い出しという「行動」は、
「822」@白金を、呼び込みました。
「5000円分の花火の代金」をどうするか?
という話し合いに、
原田さんも加わってくれて
「じゃぁ、ひとまず、タンク代金とバーターで」という
「球」を投げてくれました。

そこに、わたしは
「お金」のボーダー(壁)がなくなった瞬間を見ました。
今回のイベントは
原田さんが会場費を無料にしてくれたことで
参加費無料のイベントとして開催することができました。

どの「ピース」が欠けても、このイベントは成立しませんでした。

その場にいる参加者が、
積極的に関わることや、
消極的に関わることで、
「全体のデザイン」や「未来」が決まっていく。

原田さんは、何度も、

「こういうのは、初めてです」

と、言っていた。
通常は、1人で来て、1人で入って、1人で出て行く。

ところが、
今回は、みんなで入って、
みんなで経験を共有する。

みんなが、みんなの「鏡」となって、
自分を知って「神」となる。

そんな「888」になっていたんじゃないかな、と
個人的には、思いました。

「888」は、
それぞれの人生の中で、忘れられない「記憶」となり、
一生に渡って語り継がれる「ストーリー」になったのでは、
と想います。

「888」
これは、わたしたちにとって
単なる数字の羅列以上の情報量を持った「言葉」になった。

ひとつの「共通言語」になった。

ひとつの「共通言語」を、みんなで「創造」した。

「888」と、同じものが来たよ!
それは「888」方式でやるのがいいかも。

それ、「888」で、読み解いたら、どうなる?
みたいな「ひとこと」で通じてしまう「共通言語」。

わたしは、この夏の1日のことを、一生、忘れることはないでしょう。

あの21年前の「夏の1日」の日のように。

そして、
「888」という数字の羅列を見るたびに
「888」のイベントのことを思い出すことでしょう。

9年に1度、やってくる「888」。

その1回目に関われたことに感謝です。

2015年に、ありがとう!
8月8日に、ありがとう!
全部丸ごと、ありがとうございます!

「無限の広がり」、ありがとうございます!

——————————————————-



・・・このスエヒロさんの所感にあるようなことを
僕も同じように感じていて、
同時に「時代」を捉えている重要なことなので、
ここでこうしてシェアした。

「無限の広がり」
「天との共同創造」
「宇宙全託」
「すべてを受け入れる」
「すべてを許す」


こういったキーワードは
いまの時代を「生きる」うえで
とても大切になってくると思っている。

いろんなひとに会うけど、
苦しく生きてるひと、
リズムに乗り切れていないひとは、
こういった感覚が鈍っているな、
と思うことが多い。

一言で言えば、

自分だけで全てをやり遂げようとする

ということ。

こういうひとは窮屈に生きているように見える。

自分でなんとかしたい、
自分は特別だ、と強く思っていて、
他者との壁をつくってしまっている。
(本人は気づいていないことが多いけど)

ルールや条件や誰かの言葉や考えに
縛られて動けなくなってしまう。

僕はこれを「殻に閉じこもっている状態」とよんでいる。

殻があることも、閉じこもっていることにも
気づいていないことが多いけど、
カラダが正直に教えてくれると
僕は思っている。

カラダの不調がリズムに乗れていないことを
人生の不協和音を教えてくれる。

魂の軋みをカラダが伝えてくれる。

大きな宇宙からみたら自分なんかちっぽけな存在、
やれること、できることは限られていると、
「正しく」みて、受け入れはじめると
リズムに乗れるようになる。

リズムに乗ると、イライラがワクワクに変わり、
モノゴトがうまくいくようになる。

889の帰り、新幹線の時間変更の窓口に並んでいたときに、
発車まであと2分というギリギリの状態に
おっさん風のslowmanジョブズ会長は、
オロオロしていた。

「2分もあるので大丈夫ですよ」

と、僕は彼を諭すと、
あとはただ身を任せていた。

結果、イノックさんとトッシーと
ジョナサンと蕎麦を食べ、
白玉を堪能し、智頭にゆったり帰れた。

自分の行先も、命も何かに託してみると
舗装されていない道が愉しく見えるはず。

ゆらゆらと。


島田晋輔

PS)

今日も8889の風景を、、、


タンクに入っただけあって、
みんないい顔をしているね!

関連記事一覧

  • 888は「Yes!」でもある、と。そういえば昨日、目の前から歩いてきた女の子の白いTシャツに黒く大きな字で、Tシャツいっぱいのおお〜きな文字で「Y E S way!」って書いてあって、なんだろな、なんか妙に目に残るな、なんかのサインっぽいな、と思ってたら、そういうことか、、888の翌日に見た「Y E S way!」つまりは「すべてを受け入れて行け!すべてを許して進め!」ってことか〜。なるほど〜。

    • イノッチさん!

      >Tシャツいっぱいのおお〜きな文字で「Y E S way!」



      ここを僕は、


      Tシャツおっぱいの・・・


      で、YES!でした!


      すべてを受け入れて行け〜ですね!

      • そこショートカットしちゃった!空目しちゃったんすね!笑

        それも受け入れていっちゃう、というか書いちゃうのがいいっすね〜。笑

    • その女の子は仕掛け人かもしれませんよ!

      エキストラはそこらじゅうにたくさん潜んでいますからねー。

    • 888!

  • 佐久間

    宇宙に丸投げっていいですね。一見して自分がないように思うこともあるのですが、、(それが我なのかもしれません)コアバリュー、マスタープランなど明確な柱をもった上で、ゆだねることが重要なのでしょうか?

    • 佐久間さん!


      まさにそれは、、、ビーコン3.0から4.0ですね!


      答えは、、、「行けばわかるさ」。

    • 「自分」とはなにか?という問いにも関係してきますね。

      コアバリューやマスタープランを深めていくと、宇宙に丸投げの感覚がわかってくると思います。コアバリューというのは、自分がどうしたいか、、という欲求ではないからです。

      • 佐久間

        なるほど。深堀が足りないということですね。「掘ればわかるかさ」ですね。

    • 「自分」の定義ですよね。
      「大きな自分」と「小さな自分」。
      究極的にはハイヤーセルフとの合一。

      どこからどこまでを「自分」とするのか?
      その「境界線」を超えていくとき
      「世界」=「自分」=「宇宙」になる。

      それが「888」

      そのコンセプト・ワードは、
      「Borderless(ボーダレス)」「NO BORDER(ノーボーダー)」

      「888」的に言うと、
      「境界線を超えていけ!」

      アントニオ猪木風に言うと、
      「この道を行けばどうなるものか 危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし 
      踏み出せばその一足が道となり その一足が道となる 迷わず行けよ 行けばわかるさ」


      「1、2、3、ダー!」

      という感じで、

      「元氣があれば、何でもできる」のです。


      24時間、寝ずの撮影なんかも、
      まるで空氣のように、
      完全に、あの「場」に溶け込んで
      一体化しているからこそ可能であり、

      元の「氣」の状態になっているからこそ
      可能なことなのです。

      進行「台本」がない中、
      長丁場の撮影&生中継、
      ありがとうございました!

  • Slow Man

    科学や理論はある制限において成立しており、科学や理論では分からない世界が、科学や理論を内包している。という話を思い出しました。想像力は理論を超える。段々マトリクスの世界が現実化していくような不思議をどこかに感じてます。

    • 「人が想像できることに不可能なことなど何もない」
      ―ミスター宮司

    • マトリックスに関する記事も書いたことあるような。。

    • 科学や理論から、こぼれ落ちた世界ですね。
      そちらの世界の方が「大きい」!
      それが「現実」。

      この「リアリティー」を持つのと、持たないのとでは
      「世界観」が、全く、異なるのです。

Walk on the Wild Side
メルマガ登録フォーム


 


LINE@



'stats.label.addfriend' (MISSING TRANSLATION)

吐き出された記事たち↓

PAGE TOP
Get Adobe Flash player Plugin by wpburn.com wordpress themes