Walk on the Wild Side〜ワイルドサイドを歩こうよ〜

ネコとシマアジ

喰いトレ部の部活動でのこと。

甘味のれんこん餅をきな粉でいただいて、
お茶を飲みながら、みんなでしばし談笑。

部員(ではないかもしれないが)のひとりの女性が、

仕事をみんなに任せてネコを愛でながら眺めているのが理想

という話をする。

大将がうちのお客さんでそういうひといますよ、
と話を広げてくれた。

そのお客さんは釣りが好きで、、、
ドロップアウトしてシマアジを釣るために
どこだっけかな、どこかの島に滞在して
ひたすら釣りをしていたらしい。

本当に釣りが好きで、釣りばかりやる生活に
憧れてそのような人生設計にしたにだとか。

結果、、、

3年であきた

と言う。

いやー、むしろよくも3年も釣りばっかりやっていたな
なんて僕なんかは思うのだが、心から好きならずっとやっていても
飽きないし、苦にならないという話にもなった。

このひとは釣りなだけであって、
人によっては陶芸とか絵画とか音楽とかの創作系かもしれないし、
数学や哲学などの学問かもしれないし、
ラグビーやサッカーなどのスポーツの人もいるだろう。

先ほどの女性のように、
ネコの毛をなでなでと愛でたい
なんていう人もいるかもしれない。

でも、、、

「きっと飽きますよ」

と大将は言う。

こういうものはたまにやるから楽しいのであって
毎日毎日やっていたら飽きるのかもしれないな、と
確かに僕も思った。

好きなものや好きなことって
たまにだからいいんじゃないのかなって。

好きな人に会うのもいっしょで、
いつも一緒にいないから逆にいいのかもしれない。

たとえば、僕はこうして出張で家を離れて
子どもとも過ごせないときがあって
奥さんは子どもとずっと一緒に過ごせてるなんて
うらやましいな、なんて思うことがあるんだけど、
奥さんは奥さんで子どもとずっといることが
よいとは思えなくなったりするんじゃないかなって。

僕はたまに会うから愛おしく感じたりだったり。
(とは言ってもふつうのお父さんよりはよっぽどいっしょにいると思うが)

まあ、本人に聞いてみないとそのへんはわからないけどね。

むしろ、ずっと続けてるもの、続けたいものって、
好きとか嫌いとか、やりたいとかやりたくないとか
ではないんじゃないのかな
なんて思う。

自然にやってしまう呼吸のようなもの。

人でいうと空気のようなもの。

こうしたい、ああしたい、
これ好き、あれがいいっていう
願望や憧れは想っているうちが一番いいのかもね。

なんてことを春の幸をいただきながら思った。

じゃ、このへんで。


島田晋輔

PS)

この時期しか食べられないウワサの筍を
去年の年末に予約して食べにきたのだけど、
貝やエビ、ナスなんかも絶品だった。

次回はアワビ、ウナギ、鮎が揃う7月に
クレパパのメンバーで行こうかなと思ったり。

PPS)

今日の一曲はこちら、、、






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