Walk on the Wild Side〜ワイルドサイドを歩こうよ〜

クリエイティブな人への道

昨日の続きね。

昨日書いたアブダクションの話だけでも、
セミナーの3分の1くらいだから、
こうあらためて書いてみても
木坂さんのセミナーはあいかわらず重厚だよね。

これでいて量を削ってるっていうから
相当なもの。

そりゃみんなぐったりするわけだ。

というわけで、
昨日はパースを引き合いに
アブダクションの話をしたわけだけども、
パースって生前、評価されなかった思想家らしい。

だから、著書もあまりでていないみたいで
公開を待たれるひとらしいのだけど、
というのは、死後、評価されて
アメリカが生んだ最高の哲学者
みたいになっているらしくて。

冬は暖房器具のないところで研究をし、
ふだんも道端に捨てられたカビの生えたパンなんかを
食べて飢えをしのいだって話だから、
なかなかのものだよね。

パースは自分のことを論理学者って名乗ってたらしいけど、
クリエイティブなアイディアを出すのに、アブダクションが必要、
つまり「論理」が大切だよって話だよね。

このへんが世間一般で言われていることと
またちょっと違うところかな。

さてさて。

昨日はパースのいう三項のうちの
解釈項だね、、これを増やすために
いろんな知識や経験を積みましょうって話だった。

適切な道具をたくさんもて!

っていうメッセージだったね。

カナヅチしか持っていない人にとっては、
全てがクギに見えるのといっしょで、
道具を増やしていかないといろんなものが見えない。

やすり、かんな、のみ、、、みたいに道具を増やしていけば、
あ、木がザラザラしているなあ、みたいに
見え方も変わってくる、と。

人間は持ってる道具に応じて世界をみているのだから、
アブダクションを有効に使うには、

「解釈項を増やす」
「表象を増やす」


しかないという話になって、
つまりは、、、

ひたすら新しいことを学び、
ひたすら新しいものも見に行くしかないんだ


という結論になった。

アイディアは移動距離に比例する
なんて高城さんは言うけれど、
まさに今回の話の通りだよね。

注意点としては
「新しいもの」
というのは本当に新しいものだけではなく、
過去に経験したり得た情報、知識も
「必ず」新しくなるというもの。

昨日飲んだワインの味が
今日も同じに感じたら
それは自分自身が変化してないという証拠。

日々、僕たちは変化しているわけだからね。

新しく感じない、見えない、変化を感じない
理由は「知識や経験が身になっていない」から。

自分の都合のいいカタチで学び、
物事を理解しているから
新しさを感じないのだと。

それだと成長はしないよね。

SWSのあじゃーりが島田さんがいってることは
後からわかるみたいなことをよく言ってくれるが
まさにこういうこと。

僕は新しいことでも特別なことも言ってなくて、
シンプルで普遍的なことを言い続けてるつもり。

だから、受けてである、、、
この場合でいうあじゃーりが進化、成長して
新しく聞こえる、、、理解できたにつながるのだと思う。

もし、自分の成長や変化を感じないのであれば、
それは自分で手を抜いているだけ。

これは生き物として生存する上では
実は正常な働きだという
話があった。

自分の見たいように見て、
安全な場所に止まっていた方がラクだからね。

だから、勉強する、自分を高めようとするのは
実は不自然なことなんだという指摘があった。

変化を拒否して、
自分の都合のいいように生きていた方がラクだからね。

このブログの文脈で言えば、
舗装された道を歩くってことかな。

生き物としてはその方が正しい。

安全、安心でラクだからね。

だから、ワクワクしながら未開の地に行く、、、

ワイルドサイドを歩くってことは
とても不自然なことなんだろうね。

危ない道を歩くためには、
いかにしてより確かな知識や経験を得ていくか。

変なクセや型がつかないように、
得る情報や知識、会う人も厳選していきたいね。

アブダクティブに生きるって
こういうことだと思う。

では、今日はこのへんで。

また明日。


島田晋輔

PS)

今日の一曲はこちら、、、

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