Walk on the Wild Side〜ワイルドサイドを歩こうよ〜

お前が始めた物語だろ

今月のクレパパのテーマは
「善悪」そして「正義」。

参考図書もいくつかあるけど、
キーパーソンとして選んだのは
メイヤスー。

哲学や人文学などアカデミックな側面もあるけど、
こだわっているのはあくまで実存。

今生きている実際の生活においてどうなのか。


この軸から足を外さないように
展開していった。

抽象概念としての正義を
議論することはそれでそれで意味深いけども
いま、直面している課題やこれからの人生を
クレイジーによくしていくためにはどうしたらいいのか。

以前ブログに書いたことのあるこちらの記事、、、

*バカな発達障害
*ハンナアーレントとリーガルハイ

この話にも通づるテーマ。

僕もあなたも誰しもダークサイドを持っている。

そしていつでもダークサイドに陥る可能性がある。

アーレントは「悪の凡庸さ」「悪の陳腐さ」と呼んだけども、
怪物的な悪魔は存在しなくて単なる思考の欠如した
ふつうの人間が悪なのだと。

紋切り型の決まり文句やお役所的な言い回しで
答弁をするアイヒマン。

アイヒマンはお役所の仕事として
ただ単に自分の身を守ったにすぎない。

空気をよんでまわりにあわせて
おとなしく過ごすこと。

長いものに巻かれて
平穏に暮らすこと。

世間の常識やまわりがしていることに
疑問を持たずに流されていくこと。

これはどんなにラクなことだろう。

ワイルドサイドを歩くことは
辛く険しい道。

誰かが開拓した舗装された
道を歩く方が危険も少ないし
ラクだからね。

クレイジーであること、
クレイジーなことをすることは
どんなに勇気がいることだろうか。

「そんなことうまくいかないよ。やめておきなよ」

と周りは言うだろうし、
止めに入るだろう。

でも、アルミンは言った。

壁の外には塩水でいっぱいの海が広がっているって。

いっしょに海をみに行こうって。

エルヴィン団長は壊滅状態の危機のときに、
このまま地下室に行きたいと言った。

いつでも僕たちには始める自由がある。

「悪の凡庸さ」に対抗できる
手段としてアーレントが提案したのは、、、

思考すること

だった。

ものごとの表面に心を奪われないで、
立ち止まり、考え始める


ということ。

まわりからどんなに反対されても
苦しい状況でも始める自由が
僕らにはある。

死んでも、死んだ後も
進み続けるんだと
クルーガーはグリシャに言う。

なぜなら、、、

自分で始めた物語だから。

死んでも死んだ後も物語は終わらない。

お前が始めた物語だろ

クルーガーが僕らに語りかけてくる。

批判をされたって、苦しくたって
どんな結果になろうとも、
自分で決めたことを貫き通そう。

歩みをやめずに
ワイルドサイドを歩き続けよう。

歩みをやめたとき、
ダークサイドに堕ちていってしまうのだから。


島田晋輔

PS)

今日の一曲はこちら、、、


なかなかいい歌詞だね。

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