Walk on the Wild Side

余命3ヶ月

渡邉さんと美瑛のぶどう園の前で
 

 

 

 

 

 

2013年10月1日の朝。

長男のひふみが3歳になる誕生日の前日。

僕のiPhoneに訃報が届いた。

余命3ヶ月を診断されてから
2ヶ月のことだった。

数字を大切にする渡辺さんらしい
101。

数字のなかでも1が好きだったしね。


ステージ4の扁平上皮癌と診断され、
ぼくに診断結果が届いたのは、
暑い夏の8月、関西空港で飛行機が飛び立つときであった。

高槻に住むコピーライターの片山さんと
もうひとりの友人の3人で、
種子島にロケットの打ち上げをみにいくとき、
ショートメールが入って、電話で直接話した。

診断結果が正式に出る前から、
血液検査の数字の値から、

「もしかしたらガンかも、、、」


と、あたりはつけていたものの
それでも余命3ヶ月には僕も驚いた。


渡辺さんが検査入院することになったのは、、、
ひどい腰痛から。

ワイズマンプロジェクトがいよいよ始動し、
半年間のプランナー養成講座が
はじまりかけたとき、、、

ワイズマンこと今井先生と渡辺さん、今井秀明さん、僕の4人で
打ち合わせする予定だった。

予定だったが、、、待ち合わせ場所のジェイズに
渡辺さんは現れなかった。

「今井裕志を待たせるなんてたいしたやつだよ」

と、今井先生は言っていたが、
僕と今井英明さんはもう慣れっこ。
(*今井先生と今井秀明さんは別人で、兄弟でもありません)

「島田くん、打ち合わせあるから事務所きてー」

と言われて、事務所に行っても
渡辺さんがいないことなんてざらだった。

事務所にいるスタッフに聞いても、よく知らない、
外に走りに行ったなんてこともよくあった。

事務所にいたとしても、
雑談で話は終わって、、、

「じゃあ、打ち合わせはスカイプで」

みたいなことも、一度や二度ではなかった。

わざわざ広島からビジネスパートナーが
3ヶ月ぶりに打ち合わせに来たのにもかかわらず、
事務所で待たされたこともふつうだった。

時間や約束にルーズで、言ってることもやってることも
こどものようにころころ変わる愉快なひとだったけど、
それでも、多くの人を惹きつける人間性にあふれて
まわりから愛されていた。

そんな渡辺さんのキャラクターもあって、

「まあ、いつものことでしょう。」

みたいな雰囲気が、今回の打ち合わせのときも
みんなの中にあった。

ジェイズでしばらく待っていて、
約束の時間を20〜30分くらいすぎたときに
やっと電話がつながって、、、

「今からなんとかいくよ」

と連絡がついた。

渡辺さんと合流したときは、額からはあぶら汗、
腰をおさえながら、歩くのもままならないくらい、、、
とても打ち合わせできる状態じゃない。

「啓介、今日はもういいよ、帰って休めよ」

と今井先生が気遣ってくれて、
その日の打ち合わせは
なしになった。

そんなに腰が痛いなら、
良い先生にみてもらえよってことで
解散になり、渡辺さんもゆっくり休むことになったのだが、、、

あれから、いろんな施述を受けても全くよくならず、
病院で検査を受けたら、ある数値が以上に高くなって、
検査入院していたのだ。

結果は余命3ヶ月の末期ガン。

渡辺さんは、いつもげんきでにぎやかで
(うるさいとまでいうひともいるくらい)
病院になんて一度もいったこともない人だった。

もちろん健康診断も受けていない。

プロモーションで疲れることはあっても、
元気だった。

しかし、いきなりの余命3ヶ月。

仕事が大好きで、多いときは10〜20くらいの案件を抱えていて、
毎日のようにプロモーションのセールスをしかけていたから、
睡眠時間もまちまち。

リズムも不安定で、不摂生な生活を送っていたことは確かだ。

タバコを吸っていたりもしたし、
お酒も飲んだ。

コールセンターのように毎日電話は鳴り響き、
人付き合いが良い反面、人間関係による
ストレスもたくさん抱えていただろう。

一般的にいって、
健康的な生活を送っていない。

それでも、だ。

いきなりの余命3ヶ月宣告。

もっというと、
ガン宣告をされる1ヶ月くらい前に、
彼女の妊娠発覚もした。

たくさん抱えている案件を整理して、
結婚をし、これからはパパとして
仕事やあり方も変えて、
新しいライフスタイルを歩もうとしている
そんな話を渡辺さんから僕も聞いていた時だった。

渡辺さんは、もちろん仕事のパートナーであるが、
兄弟のようでもあり、親子のようでもあり、
親友のようでもあり、恋人のようでもあった人だ。

お話していた通り、
ルーズな面はたくさんあったけど、
そのぶん、人間味にあふれ、
常にたくさんの人がまわりに集まっていた。

自分勝手なようで、周りの仲間を大切にし、
誰よりも仕事を一生懸命した。

その渡辺さんから、僕はビジネスやコピーライティング、
マーケティグやプロモーションを教わった。

もっと言えば、会社のことや、お金や結婚、恋愛、
食べ物、マンガ、音楽、ファッション、スピリチュアル、
いろんな分野でたくさん刺激を受けた。

渡辺さんのことを話すと長くなるので、
今日はこのへんで。

明日も渡辺さんの話をしよう。


島田晋輔

PS)

今日の一曲は渡辺さんが好きだったブルーハーブで。



抗がん剤治療を開始する日に
自らの決断で、抗がん剤治療を中止し、
北海道へ自然療養に行った渡辺さん。

そのときも車中でブルーハーブをリクエストしていた。

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