Walk on the Wild Side

躾と虐待

木坂さんと電車で帰ってるときのこと。

これからの日本や世界の社会の移り変わり、
子育てや教育の話などいろいろな意見交換をした。

そのなかでも興味深い話だったのが、

躾と虐待の違い

について。

たとえば、食べ方が汚いとか箸の持ち方が悪いとかで
グーで殴る、きつい言い方で教える、、、
しつけをするためだと言って
こんなことがあるけど、どうなんだろうって。

木坂さんの見解は明確で、

教育と洗脳の違いといっしょ

というものだった。

木坂さんの定義する教育と洗脳の違いも
わかりやすくて、、、

相手の可能性を広げるものが教育で、
相手の可能性を閉じるものが洗脳だ、

というもの。

さっきの例で言えば、
食事中にグーで殴った行為は
子どもの可能性を広げるのか閉じるのか
で、躾か虐待か分かれると。

どんなに子どものためとはいえ、
単なる親のエゴや見栄、
ストレス発散であったら、
子どもの可能性を広げるものでなかったら、
それは躾とはよべない、という意見だった。

怒ったり、注意したりして、
親自身が満たされるだけだから。

たとえば、こんなシーンはどうだろう。

朝、忙しいときに、
子どもが準備をまごまごしている。

パジャマから服に着替えるのも遅いし、
ご飯もなかなか食べない。

でも、登園の時間。

時間に間に合わないからといって、
着替えを手伝ったり、
ご飯を食べさせたりしたら、
それは相手の可能性を奪うだけだと。

その場はよくても、
子ども自身でできなくなってしまうからね。

なんでこんなこともできないの!

と怒る親もいるが、普段から親が手を出していたら
子どもはできなくて当たり前。

ゆっくりでももたもたしていても、
子ども自身にやらせることが
本当の子育て、教育だろうという見解。

遅れることでどんな弊害があるんだろう
っていう話にもなって。

だらしない家庭とみられる?

もたもたしているだらしない子どもなら、
親もいっしょにもたもたして、
だらしない家族とみられればいいんじゃないのって。

結局、世間体や周りの目を気にして、
恥をかきたくない、よくみられたい
っていう親のエゴによるところが
大きいのじゃないかっていう話になった。

いまの日本に遅れたからって人生に大きな損害のでる
幼稚園や保育園は存在しないのだからと付け加えて。

要するに、親の見栄やエゴで
もたもたさせてる子を急かすことは、
その子の人生にとっては大きなマイナスだ。

遅れてでも自分の手でなしとげることに
大きな意味があるという話。

そして、大きなポイントは、
親は子どもためになる「躾」だと思って
やっているということ。

でも、それは自分の正義を押し付けているだけだと。

イギリスがEUを脱退するタイムリーな話題でも、
EU残留を訴えてた女性議員が刃物で切りつけられ、
銃殺される事件があったが、それと理屈はいっしょ。

イギリスのため、と思ってやったのだろうけど、
それは単なる自分の正義の押し付けだろう、と。

構造としてはイスラム国といっしょだよね
という話をしていた。

躾と思っていたことが
虐待となりうる。

そういうことも考えて
振舞っていきたいね。

ではでは、今日はこのへんで。

良い日曜日をー。


島田晋輔

PS)

今日の一曲はこちら、、、


マニーマークってこんな曲もかくんだね。

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  • まさに先日、妻に伝えたことでした。僕はタイ語で妻に、この文章をそのまま伝えられるようにタイ語力を高めたいと思います。ありがとうございます〜

    • タイ語で!

      まあ、文化の違いもありますけどね。。

      あとは母親はそういう傾向が強いひとが多いのかも。。

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