Walk on the Wild Side〜ワイルドサイドを歩こうよ〜

一流

タルマーリーのイタルさんと話していたときのこと。

とにかくホンモノや一流にこだわって、
ということをイタルさんが言っていたので、
イタルさんにとって、一流とは何かを
聞いてみた。

するとイタルさんは、、、

「ある程度、名前がでてくることじゃないですかね」

という風に教えてくれた。

パンでも音楽でも何でもいいのだけど、
とことんこだわって、我が道をいく、
良いものを追求しているのは、
きっとみんな一緒だろう、と。

でも、一流と一流ではない差を分けるものは、
名前をどこかで聞くかどうか、
ということだった。

それなりの人やものになれば、
名前が上がってくる、
いろんなところで耳にするようになる、
という話。

どんなにこだわっても、
いいものをつくっていても、
狭い世界で落ち着いていたら、
それは一流とは呼べないだろう、と。

この話を聞いたとき、
僕は知久さんと話したことを
思い出した。

知久さんと話したのは、
忌野清志郎さんのこと。

清志郎さんは、
音楽好きの層からも支持されるし、
音楽に明るくない層からも一定の支持がある。

こういった絶妙なポジションこそが
一流だよねっていう話になった。

もうひとつイタルさんが言っていたのは、
付き合っているひとが違う
ということ。

どんなにストイックに打ち込んで
よいものを追求しても、
つきあってる人たちの器くらいで
おさまってしまう、と。

これはもったいないな、
という話になった。

いいものを作っているなら、
付き合う人たちも一流でなければならない。

一流の人たちのアンテナに引っかかり、
手に取るようなものでなければならない。

でなければ、その程度で止まってしまうから。

よく付き合う人たち5人の年収を足して
5で割ると自分の年収になる、
みたいな話は聞いたことあるだろうけど、
本当に不思議といつやってもそうなる。
(ぜひやってみてほしい)

付き合う人たちで
自分のステージが変わる。

逆に言えば、
つきあってる人たちを見れば、
その人のステージがわかる
ってことでもある。

イタルさんの考える一流は、
ある程度、名前がでてくるかどうか
ということと付き合っている人が
どうかってことだった。

特に僕が関心したのは、
突然の僕の問いにも
すぐに自分の言葉で答えられた
という点。

ふだんからきちんと自問自答し、
言葉や概念の定義をしているのだろうな
と思ったからだ。

どういう意味を持つのか、
どう解釈するのか、
中身は実はそんなに重要ではなくて、
ふだんから自分にどう落とし込んでいるのか
ってことが大切だと思うから。

そんなイタルさんからは、
もちろん一流の佇まいとエネルギーを
感じた。

機会があれば、タルマーリーのパンを食べて欲しいし、
イタルさんにも会ってみるとおもしろいと思う。

ではでは、今日はこのへんで。


島田晋輔

PS)

今日の一曲は、イタルさんが親交の深いという
大橋さんのこんなカバー曲を、、、


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