Walk on the Wild Side

知久さんと過ごす5日目。そして、大阪へ。

なんだかんだで4泊してくれた知久さん。

5日目の昨日、僕が大阪に行くってことで、
知久さんも同じスーパーはくとにのって
東京に帰ることに。

東京まで行く場合は、
姫路乗り換えが早いのだけど、
知久さんは僕といっしょに大阪まで
スーパーはくとで来てくれた。

天気がよくて電車の窓から
山々の景色がみえる。

スーパーはくとの揺れと
窓の景色があいまって、
知久さんとの車中での話も不思議な体験となった。

パスカルズの話や
原マスミさんの話、
矢川澄子さんの話などなど。

興味深い話はいくつもあったのだけど、
演奏している曲ね。

知久さんはたくさん曲をつくるタイプではなくて、
ずっと同じ曲を長くやるタイプ。

一番曲をかいてたのが、
19歳のときで、
7曲くらいつくったと言っていたかな。

その年が一番曲できたみたいで。

今でも演奏している「らんちう」という曲も
19歳のときにつくったらしい。

いま、51歳と言っていたから、
32年前につくった曲だね。

ライブで毎回やる曲のひとつだけど、
ライブがない日も毎日ひとりで歌っているという。

なぜなら、この曲が好きだから。

ライブがあるからやるとか。
お金をもらったらやるとかではなく、
自然と好きだから毎日やってしまう
というスタイルだ。

このあたりの生活との密着感が
時代を超えて愛されている要因のひとつなのかな、
と思っている。

みんなにとっては昔の曲だけど、
知久さんにとっては「今」の曲だとも言っていた。

古い曲をなつかしく久しぶりにやっているのではなく、
現在進行形であるということ。

このあたりの時間の感覚、
捉え方がしっくりきて。

家でいっしょに飲み明かしているときに
知久さんに教えてもらった
アマゾンに住むブラジルの先住民族
ピダハンの話を教えてもらった。

ピダハンは従来の言語学にはあてはまらない
言語でコミュニケーション?って
言っていいのかわからないけど、
会話をするという。

既成概念にあてはまらない言語なので、
理解しようとしてもなかなか難しいのだけど、
なかなか興味深い。

まずピダハン語には時制がないらしい。

時制がないじゃないな、いつも現在形ってやつで、
過去と未来がないって。

過去や未来という言葉がないということは、
過去や未来という概念もないということ。

船にのって友人が川を下っていって
見えなくなったら終わり。

今が全てでその先も前もない。

過去の後悔も未来の心配もないらしく、
(そういう概念がないから当たり前だわな)
常にリラックスした状態で
ハッピーなんだとか。

過去や未来だけでなく、
右、左も色を分類する言葉もなく、
直接目にしたものしか信じないらしいから
神様という概念もないのだとか。

そして、大切なのことは、
「ない」ということは、
生きていくうえで必要ない
ということ。

過去も未来も右も左も、
僕らは言葉に縛られてしまっているから、
必要だと思ってしまうけど、
もしかしたら不要なものなのかもしれないね。

知久さんが32年前につくったという
らんちうも過去の概念がなかったら、
今ここで生まれてる曲だという話。

昨日の大阪のランチ会でも話題になったけど、
真の時間的自由というのは、
時間の制限を外すことではなくて、
時間の概念を自分なりにアップデートすることなのかも。

そんな気づきをえた
知久さんとの過ごした時間だった。

じゃあ、今日はこのへんで。


島田晋輔

PS)

今日の一曲は、話題にした「らんちう」で。

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