Walk on the Wild Side

「この子のために何でもしよう」

22年前のこと。

自分が生まれるとき、、、

親父には6000万の借金があった。

毎月40万円の返済をする状況。

ストレスが原因で、身体中アトピー。

残業代なしで
200時間の残業をするほどだった。

バシャールなど当時無名だった人たちの
セミナーをひとりで担当。

5000人くらいの集客を実現させた。

それでも、経済的には裕福にならない。

借金は減らない。

このまま電車に飛び込んだら
どんなにラクなんだろう。

もう疲れた、、、
そんなときに、
自分が生まれ親父が変わった。

「この子のために何でもしよう」

一番のブロックは、
自分でセミナーなんかできるのだろうか
ということだったらしい。

それでも、子どものために、
家族のために、会社をやめ、独立。

インターネットのない時代に、
セミナー事業をスタートさせた。

もちろんはじめからうまくいかない。

最初のお客さんはたったの4人。

それでも、あきらめない。

粘り強く、
泥臭く活動を続けた。

生まればかりの子どものために、
家族のために。

自分のやめた会社にお願いをして、
セミナーの紹介などもしてもらっていた。

1枚100円のDMを毎日書いて、
お母さんといっしょに梱包して発送したりもした。

その結果、、、

1年目で36万の一番高いコースに
400人来てくれて
売上1億2000万ほどの事業になった。

この売上で6000万円の借金を返し、
残りの6000万円で家を建てた。

だからいつも、、、

「救ってくれたんだよ」

と話してくれる。


そんな境遇に生まれ育ってきたので、
不思議なことの連続の人生。

今まで何でも
自分からゲットしにいったことない。

導かれるままに生きてきた。

いまの奥さんも
アンソニーロビンスのセミナーで
偶然ペアになったひと。

億万長者7〜8人に告白され、
プロモポーズされるような人だった。

お医者さん、ビルを2棟持ってる税理士、
2億の税金がかかる不動産のオーナー、
有名な整体師、そこに月給5万円の売れない自分がいた、、、

金持ちでもない、スキルもない、
ダメダメな自分だったけど、
絶対に負けない、
自分が選ばれるという確信があったという。

彼女の人生のためにも、
絶対に自分が必要だと思っていた。

そこから断られながらも
毎日電話を続ける。

告白し、断れること10回。

最初の5年は貧乏かもしれないし、
苦しいかもしれないし、
葛藤が絶えないかもしれないけど、
いっしょに登りつめていこう^よ、
その人生の方が楽しいよ、
ということで、1日も欠かさず
毎日ラブコール。

それをやること半年間。

11回目でやっと付き合えるようになった。

大学2年生の20歳のときのことだ。

その後、付き合いを重ね、
結婚をした日に子どもを授かった。

ケンカが絶えなかったとき、
妊娠発覚。

それを機に、向き合えるように、
深く話し合えるようになった。

自分の誕生が親のどん底を救ったように、
今度は自分が子どもを授かって、
救ってもらえた。

運命を感じた。

こんな男の不思議なストーリーを
明日、公開する。

お楽しみに!


島田晋輔

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