Walk on the Wild Side

チームの活動と、自分の心に従うことについて。

今日はSWSの新メンバー怪人トッシーからの
質問に答えようと思います。

質問はこちら、、、


質問は、このチームの活動においても、自分の心に従っていいのでしょうか。
ということです。

(もちろん、その「心」を吟味し、厳しく律する必要は常にあると思います。
挑戦が怖いことや、めんどくさい気持ちなどに従うのはNOだと思います。
それを踏まえられているか、という点についてここでは横に置かせてください。)

今回の結果を見てみても、結局従うしかないのかもしれませんが、
(いくらやろうと思っても集中力・パフォーマンスが出ないまま朝になったという結果)

ここが、自分は社会に不適合的だと感じる点であり、直さないとダメなのではと思っているところの1つなのです。

特に今回こうしてチームに入ったわけですし、勝手なヤツがチーム内にいては規律や士気、島田さんのリーダーシップにまで関わりますよね?

勝手と言っても、島田さんの回答を受けて感動した結果やりたいと思ったことなので、自分の中ではWS(ワイルドサイド)の活動と思っていますが、SWS(秘密結社ワイルドサイド)の活動と言えるかには迷いが少しあります。

こういった場合に、どのように考え、自分の中でどんな選択をし、場においてどう振る舞っていけばいいのか、また、どのような対処の術があるのか、アドバイスいただけませんでしょうか。
(たとえば心が外を向いても仕事を仕上げる方法などもしあれば。都合いいですが)


このようなトッシーの抱える苦悩はよくわかります。

僕もどちらかというと、
周りの評価や基準よりも自分の理想とする世界、
良いものを探求したいという気持ちが強いタイプだからです。

いくら周りがOK、良いものと言っても
自分が納得いかなかったら
リリースせずにお蔵入り、、、
どころか全消去するタイプなので。

文脈によるのですが、、、

自分の趣味でやっている作品作りでしたら、
トッシーの言うように「自分の心に従う」ままに
突き進むことで良いと思うのです。

ただ、、、

今回のようにチームでやっている場合も
自分の心に従って判断すべきなのか?

それとも、自分の心の声を無視してでも
規律やルールに従うべきなのか、、、

という葛藤に関する質問です。

トッシーの質問にあるように、
キーとなるのは「社会」。

人間は社会的動物と言われるように、
ひとりでは生きていけません。

その社会にはルール、規律があって、
社会は社会として成り立っています。

ルールのある社会が前提にあって
適合・不適合という言葉がでてくるのでしょう。

しかし、社会に適合することが
必ずしも良いことだとは
僕は思っていません。

社会はその都度、構成員によって
書き換えられる柔軟な生き物のようなものであり、
絶対的なルールによって固まったものでは
ないと考えているからです。

今回の文脈でいっても、
集中力・パフォーマンスが十分でないまま
ルールに従って、とにかく提出しても
問題が先送りになるだけで
根本の解決にならないと僕は思います。

そもそも、なぜ自分の心と社会の要請とに
ズレがあるのか、、、

適合しないのか
原因を探ることが大切なことだと
僕は思います。

そのうえで、、、

右か左か判断に迷ったときに、
自分のなかのコアというものを基準にすること。

コアさえしっかりしていたら、
そのコアや向かうべき方向性と照らし合わせて
最終的な決断を下せばよいと
僕は思っています。

コアさえしっかりしていれば、
「心の声」を聞き逃さないようになります。

重要なのは「心の声」を精査すること

だと僕は考えています。

トッシーの言うように、
その「心の声」を律する必要があるからです。

例えば、
ストイックに肉体改造しているときに、、、

これがオレの心の声だ!

としてラーメンを食べたとしても
単に短期的欲求を満たしたいだけ、
トレーニングという負荷のかかるストレスからの
逃げであって、「心の声」に従っているわけでは
ないなんてこともあります。

まとめると、、、

・「心の声」をきちんと精査すること
・社会とのズレの原因を探り、根本の解決に務めること
・集中力、パフォーマンスが十分でないなら無理にやる必要はないということ


こんな感じでしょうか。

社会の一員としてと、
個人の活動としての葛藤。

このあたりは深いテーマですので、
今後も対話をしていきたいですね。

最後に、、、

トッシーは気をつかってくれて、
チームの士気や規律、僕のリーダーシップに
配慮してこういった葛藤を抱え、
質問をくれました。

自分勝手、勝手気ままではなく
チームメンバー、コミュニティへの想いがある
というところが素晴らしいですよね。

たいていは、ルールを無視して自分勝手に進むか、
自分の声を無視して、組織の規律を優先するか、
どちらかに偏るからです。

自分の想いや心を大切にしつつ、
コミュニティのメンバーへも配慮にする。

どちらかではなく、どちらも大切にすることが
僕も良いことだと思っていて、

「人間として生きる」

ことの本質かと思います。

勝手気ままに生きるのは、
人間ではなく動物であり、
組織のルールに縛られるのは、
ロボットだと思うからです。

「人間として」よりよく生きるためには、
こういった葛藤を常に抱え続けないと
いけないのかもしれません。

内と外の弁証法。

忘れずにいたいですね。


島田晋輔

PS)

そうそう、
僕のリーダーシップを気遣って
ルールに従う必要はありません。

ルールに縛られるロボットを
量産するつもりはないからです。

だからと言って、
ご自由にどうぞ、
でもありません。

メンバーそれぞれが「自発的に」コミュニティを
よりよくしていく行動のお手伝いをすること、
環境を整えること、背中で語ることが
唯一の僕の仕事だと思うからです。

場の設定、環境整備ですね。

その上で、ひとりひとりのメンバーは
「自由」であるのです。

PPS)

今日の一曲はこちら、、、

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  • Slow Man

    守破離の守は大切だと思うので
    自分が出来ると確信ない限りは
    守を継続したほうが良いと
    個人的には思っています。
    守を徹底しようと思っても
    上手くいくことは早々ありませんし。

    • そうですね。

      守を徹底しようと思っても
      我が入ってしまって
      なかなか難しいものです。


      まずは、守に徹するというのは大切なことでしょうね。

  • 佐久間

    トッシーさんの純粋さ、誠実さは素晴らしいですね。
    僕も含め、どこかで「妥協」してしまう部分はあると思いますので。
    そして、、島田さんがおっしゃるとおり
    ======================
    「人間として」よりよく生きるためには、
    こういった葛藤を常に抱え続けないと
    いけないのかもしれません。

    ======================

    まさしくこれだと思います。
    常に不安がなくならないと同時に、葛藤もなくならない。
    では、その前提にどう人生をまっとうするか。
    これが人生から問われている気がします。もちろん僕も含めて。

    • そうですね。


      不安や恐怖、葛藤というものは悪いものではなくて、
      いっしょに抱えていくことで、
      それこそ、佐久間さんの命題の「魂を磨き続ける」ことに
      つながるのかと思います。


      魂は磨き終わることがないでしょうから、
      磨き「続ける」ことに意味があるのではないかと。


      そういう意味では、葛藤って大切な要素ですよね。

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