Walk on the Wild Side

ワニの巣食う沼にネコを投げ入れるペルー人

 

 何の前触れもなく、沼に投げ入れられる白黒のネコ。濁った水の中では、大量のワニが息を潜めている。わずかな陸地を目指して必死に泳ぐネコの背後から、次第に忍び寄るワニ。やっとのことで水から上がり、沼を取り囲む竹の柵にジャンプしたネコだったが、そこに留まるだけの体力は残されていなかった。恐ろしい勢いで飛び出してきたワニによって、再び水の中に引きずり込まれてしまう。ついに一巻の終わりか――。

ところが、そこで思いもしなかった事態が起こる。なんと、獲物をめぐり2匹のワニが争いをはじめたのだ。当然、その隙を狙ってなんとか逃げようとするネコ。しかし結局、水中におけるワニの圧倒的有利は変わらない。ネコはワニの餌食となり、沼の水は真っ赤に染まるのだった。そして男たちは、一部始終を笑いながら見届けている。

引用:世界びっくりニュース


これはつい先日、実際にあったことで、
世界中から非難が殺到していると
ニュースになっている。

実際に、非難が殺到しているのかどうか
確認していないので真実はわからないが、
このニュースをみて、
あなたはどう感じたろうか?

真っ赤に染まる沼の水と
ペルー人の笑い声。

おそらく多くのひとの感情が動いただろう。

怒りをおぼえた人も少ないはず。

僕も例外なく感情が動いたが、
非難の書き込みをしようとも思わず、
怒り狂って家中の皿を割りまくる、
もちろん、子どもや奥さんに
八つ当たりするなんてこともしない。

なぜ、しないのか?

感情が動いても理性が働くからだ。

自分の感情が動いたと
客観視している自分がいる。

「感情」と「理性」。

この「感情」と「理性」に関しては
とても深いテーマなので、
ここでは語りきれない。

だが、僕たちが生きていく上で
切っても切り離せないテーマなので、
ちょっと考えてみたい。

人間は「感情」で決断をして、
「理性」で正当化する

なんてマーケティングの世界でも
古くから言われているが、
最近の脳科学の世界でも立証されているらしい。

いろんな実験からのエビデンスがあるらしいが、
要するに、

好きか嫌いかで判断している

ということだ。

パッと感情的に判断をして、
あとで理由や理屈をつけているだけ
ということである。

僕もあなたも人間は例外なく、ね。

で、感情だ。

つまりは、
僕たち人間は感情が先行するので、
理性を働かせないと
感情に引っ張られてしまう
生き物らしい。

たとえば、
自分の子どもが同年代の友達と
遊んでいるときに、
からかわれているとする。

はじめは、1対1でからかわれていたが、
そのうち他の子どもも加わって
2対1、3対1となり、
自分の子どもは、ついに泣いてしまう。

これは単なる情景描写だが、
こんな光景を目にしたとき、
親のあなたはどう感じ、
どのような判断をして、
どう行動するか?
ということだ。

(実際に先ほどの文章から画を浮かべて
 何かしら感情が動いたはず)

でも、、、

もしかしたら、
自分の子どもが、
からかわれる前に
からかってきた子に
嫌がらせしていたかもしれない。

前の日に、同じように複数になって
からかってきた子を仲間はずれに
して遊んでいたかもしれない。

こういった背景があるかもしれないけども、
目にした一瞬のシーンの「感情」で
決断を下してしまう。

僕がここで言いたいのは、
感情に振り回されずに、
理性を働かせよ、
ということではない。

ときには、感情的に振舞うことも
必要な場面もあるだろうから。

大切なのは、感情的になる自分を受け入れ、
(つまりは客観視して)
感情と理性をうまくコントロールする
ということ。

自分には子どもがいないから、
そんな例を出されてもリアリティがない
と思うのであれは仕事やビジネスの
現場を思い浮かべてもいい。

あなたが送った販促用のプロモーションメール。

反応がないばかりか、
解除の荒らしで、
なかにはクレームもある。

これは単なる「事実」だが、
この事実に感情だけで判断を下していると、
次の一手に響く。

その「事実」をどういう風に
解釈をするのか、
特に全体を見渡すジェネラリストという
立場を目指すならば、
感情に支配されてはいけない。

感情に支配されると、
結論ありきで物事を進めるからだ。

その方が楽だろうけど、
楽をとった分、
神様は代償を求めてくる。

そして、結論ありきで
感情的に判断を下している場合、
ほとんどが盲目的になり、
自分の正義を主張してくる。

その感情のトリガーや
正義といったものは、
いわゆるその人が培ってきた
(培われてきた)
価値観や倫理観に依存することが大きい。

いわゆる「常識」ってやつだ。

アフリカの裸族をみて、
靴を履いてないなんて
かわいそうと言う人がいる。

本当にかわいそうなのだろうか?

彼らは靴がなくて困っているのだろうか?

靴を欲しているのだろうか?

滑稽な話に思えるかもしれないけども、
他人事ではなく身近なことでも言えること。

本当に子どもはそんなことを
望んでいるのだろうか?

お客さんが欲しているのは
そんなことなのだろうか?

感情や理性をコントロールし、
自分のちっぽけな常識で
他人を裁かないように
していきたい。

小さなモノサシで測られることの方が
よっぽど「かわいそう」だと
僕は思うからだ。


島田晋輔

PS)

今日は感情的な一曲を、、、


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  • Slow Man

    感情に左右されていることを
    認めざるを得ない状況になることで
    自らを感情主義として
    受け入れることはできます。

    感情主義の良し悪し
    ではなくて
    客観性を高めること
    俯瞰もできることが
    いかに物事を進めていく上で
    ことに今のプロモーションを
    するという時においては
    その大切さは感じます。

    • そうですね。

      プロモーションするうえでも
      とても大切な視点ですよね。

      とにかく感情に振り回されないことが大切です。

      かといって理屈っぽくなってもいけない。

      要はバランスですね。

      感情と理性のバランス。

      これからもいっしょに励んでいきましょう。

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